サッカーの話をしよう

No.44 本物の文化になるためにマッチデープログラム

 10年ほど前にイングランドのマンチェスター・ユナイテッドを取材したとき、強く印象に残ったのが「マッチデー・プログラム」の存在だった。

 1冊200円程度で、20ページほどのものだが、監督のメッセージからスターの紹介、これまでの試合の記録などが載っている。その日の予定メンバーが背番号入りで印刷されているのが便利だ。審判員も、名前だけでなく線審のもつ旗の色まで書かれていた。
 何よりも驚いたのは、入場者の大半がこのプログラムを買い、観戦に利用していたことだ。競技場の定員は5万人ほどだが、クラブ役員の話によると、プログラムは毎試合20万部も印刷されているという。イングランド国内だけでなく、世界中のユナイテッド・ファンが定期講読を申し込んでいるからだ。
 マッチデー・プログラムにはシーズンの通しナンバーが打たれ、1年分集めると立派な「イヤーブック」ができあがる。ホームゲームごとに発行されるマッチデー・プログラムが、そのままクラブの歴史になる。こうしたところにも、サッカーが「文化」として社会に溶け込んでいることが見てとれた。

 Jリーグでは、浦和レッズが1昨年からこうした考えのマッチデー・プログラムを発行している。92年のナビスコ杯で4試合、そして昨年のJリーグとナビスコ杯で21試合のホームゲームを積み重ねてきた浦和レッズ。マッチデー・プログラムも、通算25号になった。
 これまで日本のサッカーでは、プログラムが発行されるのは、国際試合や冠スポンサーのついた特別のゲームに限られていた。こうした試合では、大判の立派なものが1000円、1500円で売られ、記念品のひとつになっていた。しかしこれは単独クラブがリーグ戦のホームゲームごとに発行するものとは性格が違う。
 レッズの場合、地元の新聞社である埼玉新聞が制作を引き受けている。試合の二日前に「最終予想メンバー」を決定し、印刷、製本してキックオフの数時間前に会場に運び込む。

 ところが日本リーグ時代にはこうした習慣がなかったので、売り上げはなかなか伸びない。昨年、レッズの成績が悪かったことも、部数が伸びない原因になったようだ。クラブスポンサーの大企業だけでなく、地元の小口の広告をたくさん集め、赤字が出ないように必死だという。
 制作に当たっている埼玉新聞社の清尾淳さん(37)は、取材から執筆、編集だけでなく、会場ではカメラを持って飛び回る。制作費を抑えることしか、歴史の浅いマッチデー・プログラムを生きのびさせる方法がないからだ。

 Jリーグの他のクラブにも、マッチデー・プログラムらしいものをつくっているところがいくつかある。しかし数10年後に「歴史」として残るという点まで考えてつくっているのはレッズだけ。簡単なパンフレットをつくって無料で配付しているクラブもある。頑固に定価300円也で「買ってもらう」という姿勢を崩さないのもレッズだけだ。
 こうした方針が、最近ようやくファンに理解されてきたという。昨年末にこれまでの25冊をセットにしてクラブショップで売り出したろころ、あっという間に100セットが売り切れ、いまもバックナンバーの問い合わせが絶えない。

 派手に見えるJリーグ。「一攫千金」のような話も少なくない。だが同時に、サッカーをこの国に根づいた本物の「文化」にするために、周辺でたくさんの人が懸命に働いていることを忘れることはできない。

(1994年3月8日=火)
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