サッカーの話をしよう

No.47 ゾーンプレスより基本戦術を

 「ゾーンプレス」が大流行だ。 正月の天皇杯で優勝した横浜フリューゲルス。その戦術テーマが「ゾーンプレス」だった。加茂周監督が欧州のトップクラスの戦術を研究し、世界に追いつくための切り札として提唱した高度な戦術。フリューゲルスの好調な試合ぶりに刺激され、いろいろなメディアでこの戦術が取り上げられている。

 ひと言でいうのは難しいが、狭い地域にフィールドプレーヤー10人が密集して相手のボールを奪い、そこから一気に速攻をかける。守備だけでなく、攻撃まで総合的に組み立て、約束事に従って全員が動くシステム。まちがいなく世界の最先端の戦術。現時点では完全に消化しているのはイタリアのACミランただひとつという難しさだ。
 スター選手の活躍だけでなく、チーム戦術のような高度な話題がファンを相手に語られるようになったところに、昨年からことしにかけてのサッカーの理解の急速な深まりを感じる。

 だが一方で私は少し心配になる。こうした流行はすぐに「底辺」のサッカーにも影響を与えるからだ。
 ことし正月の高校サッカーでは、多くのチームが守備に「プレッシャー」の考えを取り入れていた。相手ボールになっても自陣に下がるという基礎的な戦術をとらず、ボールをもっている選手に向かっていって相手に余裕を与えないという戦術だ。ゾーンプレスはこれをさらに発展させたものといっていい。
 だが、互いにこういう戦術をとり合いながら、プレッシャーをかわすチーム戦術や技術が十分にトレーニングされていないと、試合は単なるつぶし合いになってしまう。そんな試合が少なくなかった。

 中学・高校時代のプレーは、選手としての将来に大きな影響を及ぼす。
 横浜マリノスの清水秀彦監督は、新しくはいってくる若い選手が、驚くほど戦術的常識を身につけていないと語る。プロにはいってからそれを教えなければならないのは、大きなマイナスだという。
 サッカーというゲームは2チーム22人が入り乱れてプレーする。同じ数の選手が1プレーごとに打ち合わせをするアメリカンフットボールと比較してほしい。サッカーでは打ち合わせはできないから、多くの場面で個々の選手が基本的なセオリーに従って動き、プレーすることが必要となる。そのセオリーが「戦術的常識」だ。これがしっかりと身についていないと、自分の能力を最大限に伸ばすことはできない。
 高校サッカーでは、この戦術的常識が身についていないのに、プレッシャーをかけるプレーを要求され、その結果、自分の能力をまったく発揮できない選手が少なくなかった。

 いまや高校生にとどまらず、コーチの「プレッシャーをかけろ!」という声は小学生のサッカーでも聞くことができる。ゾーンプレスの大流行で、指導者は少年たちにさらにこうした要求を突きつけるだろう。その結果、もっとも必要な戦術的能力は指導されず、身につかないままで終わってしまう。
 現在のJリーグのプレッシャーをかける戦術や、フリューゲルスのゾーンプレスは、高い戦術能力を身につけた選手だからできるプレー。若い選手には、もっとベーシックな、「戦術的常識」を生かせるプレーをさせなければならない。
 いたずらにトップクラスのまねをしてはいけない。少年たちの能力を伸ばすには何を指導するべきか、ユース年代や少年チームの指導者にはとくに考えてもらいたいテーマだ。

(1994年3月29日=火)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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