サッカーの話をしよう
No.52 最悪の国立競技場バックスタンド
最近、国立競技場で行われたJリーグのある試合をバックスタンドに座って見た。普段はスペースたっぷりの記者席で取材させてもらっているが、この日は友人からS席の入場券を入手したので、久しぶりに「観客」として座ったのだ。
そして、そこで見たものは、悲しくなるような現実だった。
「個席」とは名ばかりの窮屈なベンチシート。もちろん、背もたれもない。場内アナウンスは不明瞭、照明も「逆光」ぎみだ。相変わらずスタンドでの喫煙は野放しで、「愛煙家」たちはすぐ近くに子供やタバコ嫌いの人がいることなど考えもなしに平気で煙害をまき散らしている。
もっとおぞましいものがハーフタイムに現れた。競技場の安全を確保するために空けられた前3段に配置された数百人の補助役員がいっせいに立ち上がり、観客席のほうに向き直って威嚇するようににらみつけるのだ。
フィールドへの飛び出しを防止するための行動であることはよくわかる。だがやっとのことで確保した数千円の入場券で試合を楽しみにやってきた「お客様」に対する態度ではない。
ゴール裏の電光掲示板を見れば、「飛び下りてはいけない」「発煙筒や花火はダメ」「チアホーンは自粛しろ」など、「禁止事項」ばかり。まるで校則だ。
スタンド裏の通路に出てみれば、売店にはろくなスナックもなく、女子トイレには長蛇の列。
見逃してならないのは、こうした問題はすべてJリーグになる前から存在しており、何も変わっていないということだ。
昨年から、Jリーグの試合は満員になるのが当たり前。スタート前の最大の懸案だった観客動員は、まったく心配ない状況だ。そのせいか、「少しでも楽しく試合を見てもらう」という「初心」はすっかり忘れ去られ、「問題が起きないように」という運営姿勢ばかりが目につく。
小さなところからでもいい、まず施設を改善し、より快適に、楽しく試合を見てもらえるようにしなければならない。
たとえば、国立競技場に飛び下りができないような柵あるいはアクリルボードを設置する。それで毎試合2000席も増やすことができるし、補助役員をなくすこともできる。また、男子トイレの一部を女子用にすることで、列を短くすることができる。
しかし何よりもまず必要なのは、「観客第一」の運営、どうしたら観客が快適に試合を楽しむことができるかを第一にした運営を、各チーム、各担当者が知恵をしぼって考え、実行することだ。
試合の中身は、いろいろな状況によって変わる。いつもエキサイティングになるとは限らない。だが試合の運営は、努力と工夫次第でいくらでも観客の満足度を増すことができるはず。試合に行くたびに観戦が快適で楽しいものになれば、ファンは離れはしない。逆に、人気の上にあぐらをかいて進歩のない運営を続ければ、人びとはスタジアムから遠ざかってしまう。
日本のサッカーは、東京オリンピックから30年をかけて現在の繁栄に到達した。だがその「旗手」であるJリーグが観客無視の運営を続けていたら、その繁栄は長くはない。
Jリーグは国立競技場だけで行われているわけではない。施設のしっかりした競技場もある。私がいいたいのは、運営サイドがより楽しい試合の実現への努力を怠ってはいけないということだ。Jリーグと日本サッカーの将来の大きな部分がそれにかかっていることを忘れてはならない。
(1994年5月10日=火)
そして、そこで見たものは、悲しくなるような現実だった。
「個席」とは名ばかりの窮屈なベンチシート。もちろん、背もたれもない。場内アナウンスは不明瞭、照明も「逆光」ぎみだ。相変わらずスタンドでの喫煙は野放しで、「愛煙家」たちはすぐ近くに子供やタバコ嫌いの人がいることなど考えもなしに平気で煙害をまき散らしている。
もっとおぞましいものがハーフタイムに現れた。競技場の安全を確保するために空けられた前3段に配置された数百人の補助役員がいっせいに立ち上がり、観客席のほうに向き直って威嚇するようににらみつけるのだ。
フィールドへの飛び出しを防止するための行動であることはよくわかる。だがやっとのことで確保した数千円の入場券で試合を楽しみにやってきた「お客様」に対する態度ではない。
ゴール裏の電光掲示板を見れば、「飛び下りてはいけない」「発煙筒や花火はダメ」「チアホーンは自粛しろ」など、「禁止事項」ばかり。まるで校則だ。
スタンド裏の通路に出てみれば、売店にはろくなスナックもなく、女子トイレには長蛇の列。
見逃してならないのは、こうした問題はすべてJリーグになる前から存在しており、何も変わっていないということだ。
昨年から、Jリーグの試合は満員になるのが当たり前。スタート前の最大の懸案だった観客動員は、まったく心配ない状況だ。そのせいか、「少しでも楽しく試合を見てもらう」という「初心」はすっかり忘れ去られ、「問題が起きないように」という運営姿勢ばかりが目につく。
小さなところからでもいい、まず施設を改善し、より快適に、楽しく試合を見てもらえるようにしなければならない。
たとえば、国立競技場に飛び下りができないような柵あるいはアクリルボードを設置する。それで毎試合2000席も増やすことができるし、補助役員をなくすこともできる。また、男子トイレの一部を女子用にすることで、列を短くすることができる。
しかし何よりもまず必要なのは、「観客第一」の運営、どうしたら観客が快適に試合を楽しむことができるかを第一にした運営を、各チーム、各担当者が知恵をしぼって考え、実行することだ。
試合の中身は、いろいろな状況によって変わる。いつもエキサイティングになるとは限らない。だが試合の運営は、努力と工夫次第でいくらでも観客の満足度を増すことができるはず。試合に行くたびに観戦が快適で楽しいものになれば、ファンは離れはしない。逆に、人気の上にあぐらをかいて進歩のない運営を続ければ、人びとはスタジアムから遠ざかってしまう。
日本のサッカーは、東京オリンピックから30年をかけて現在の繁栄に到達した。だがその「旗手」であるJリーグが観客無視の運営を続けていたら、その繁栄は長くはない。
Jリーグは国立競技場だけで行われているわけではない。施設のしっかりした競技場もある。私がいいたいのは、運営サイドがより楽しい試合の実現への努力を怠ってはいけないということだ。Jリーグと日本サッカーの将来の大きな部分がそれにかかっていることを忘れてはならない。
(1994年5月10日=火)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。