サッカーの話をしよう

No.68 90分間に全力を出し尽くす

 私が監督をしている女子のサッカーチームにひとりの選手がいる。ふだんはおとなしいが、試合になると激しい動きを見せる。とにかく走る。攻撃、守備とダッシュを繰り返す。息が切れてもボールが近くにくるとまたダッシュする。
 そして試合終了のホイッスルが吹かれると、ほっとするのか、両足を痙攣(けいれん)させて倒れてしまう。女性のほうが男性より痛みや苦しみに強いというが、なるほどと思う。

 Jリーグの川淵チェアマンは来季からの「勝ち点制度導入」を示唆した。現在のJリーグでは試合は90間を終えて同点なら「Vゴール方式」の延長戦、それでも決着がつかなければPK戦で勝敗を決する。
 しかし今季ニコス・シリーズで鹿島アントラーズが3試合連続PK戦負けを喫したことで、それを単なる負けすることは気の毒と、勝ち点制度の導入を検討しようというのだ。チェアマンの私案では、90分間で勝てば3、延長戦の勝利には2、そしてPK戦勝ちには1の勝ち点を与える。

 「観客に満足してもらうために引き分けをなくし、あくまで勝負をつける」
 JリーグVゴール方式がエキサイティングであることに異論はない。つまらない0−0の引き分け試合でも、どちらかが得点を入れれば試合終了というスリルを楽しむことができるからだ。昨年来のビッグブームで、「延長Vゴール」はすっかり日本サッカーの常識となってしまった。
 だがこの方式で90分間のサッカー自体の質が向上し、おもしろいものになったか。大きな疑問だ。
 試合が120分間になる可能性がある。選手たちは当然それを頭に入れてプレーする。後半の途中になって急激に運動量が落ちるのは、体力不足ではなく、延長を考えてセーブしはじめるのではないか。少なくとも、選手たちは延長になってもまだ30分間平気で走り回っている。

 外国の一流チームを見ていていつも感じるのは、とてつもない集中力、短時間に力を出しきる能力だ。かつて欧州や南米のプロと戦うと、日本選手が3つぐらいプレーを続けると休んでしまうのに、相手は4つも5つもプレーした後に、必要とあれば平気でもうひとつプレーをした。試合終了後、疲れ切っているのは負けた日本チームでなく勝った相手チームだった。
 Jリーグ時代になってからの日本選手の集中力の向上はすばらしい。だがキリンカップのフランス戦(5月)で明らかなように、世界の一流とはまだまだ差がある。それは「90分間にすべてを出し尽くす」訓練が十分にされていないためではないか。そしJリーグのVゴール方式も影響を与えてはいないか。

 昨年から再三言ってきたことだが、延長Vゴール方式を廃止することを提案したい。「勝ちに3、引き分けに1」という勝ち点制度を採用することで、両チームとも積極的に勝ちにいく姿勢は保証される。
 浦和レッズに加わった世界的DFのブッフバルトは試合が終わると口をきくのもきついほど疲れきっている。90分間に力を出し尽くすことができるのは、偉大な能力のひとつなのだ。そしてそれは、観客に常に感動と満足をもたらす。
 勝ち負けをはっきりとつけることだけでは、長くファンを引きつけることはできない。結果がどうあろうと90分間のサッカーそのもので満足を与える努力をしなければいけない。
 試合終了と同時に両足がつるのは、けっしてほめられたことではない。しかし自らの苦痛をかえりみない献身的な動きには、理屈なしの感動を覚える。

(1994年8月30日=火)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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