サッカーの話をしよう
No.70 処分にはVTRの確認を
Jリーグ第2ステージの第8節、9月7日に名古屋で行われたグランパス−ヴェルディ戦で起きた審判上のトラブルが大きな波紋を投げかけている。
1−1で迎えた後半、ヴェルディの武田が後方からマークするグランパスの飯島にヒジ打ちをくらわしたが、主審は見落とし、プレーが続行される。そしてパスが数本通った後に武田からパスを受けたビスマルクが決勝ゴールを決めた。
得点を認めた後、試合が再開される前に主審は線審のアピールに気づき、アドバイスを得て武田にイエローカードを出す。
このイエローカードがヒジ打ちに対するものであるとすれば、反則があった時点にさかのぼってグランパスにフリーキックを与え、当然ビスマルクのゴールは認められないことになる。しかし主審はそのまま試合を再開し、結局2−1でヴェルディが勝った。
翌日、日本サッカー協会の審判委員会は当該の主審を今後1カ月間はJリーグの試合に指名しないなどの決定を発表した。しかしJリーグの規律委員会はマッチコミッサリーの報告を受けて武田に「厳重注意」をしたにとどまった。
ファンの疑問は2点に集約されるだろう。第1に、審判のミスでゴールが決まり勝負を分けたのだから、この試合を「無効」にして再試合をするべきではないかという点、第2には、危険なヒジ打ちをした武田に出場停止などもっと厳しい処分が下されるべきではないかという点だ。
ドイツでは、明らかにゴールをはずれていたシュートを主審がゴールインと認めてしまった事件があり、VTRで確認したドイツ協会は再試合を命じた。だがこれは、サッカーのルールに反する命令だった。
「競技の結果に関する限り、競技に関連する事実についての主審の決定は最終的である」(第5条)
わかりにくい翻訳だが、つまり試合が終わったら、勝ち負けは審判の決めたとおりにするということだ。そうしないと、サッカー界は大混乱になってしまう。
こうした事件の最も有名な例は、86年ワールドカップでのマラドーナの「神の手」事件だろう。
準々決勝のイングランド戦の後半にマラドーナは左手のこぶしで先制ゴールを決めたのだ。主審はこれに気づかず、2−1でアルゼンチンが勝った。テレビでもわかりにくいシーンだった。だがスローVTRを見れば反則は明らかだった。
記者の質問をマラーナは「ディエゴの頭と神の手が生んだゴール」とはぐらかした。国際サッカー連盟はすぐに審判のミスであることを認めた。しかし再試合を命じることも、結果を変えることもなかった。記録にも得点者としてマラドーナの名前が残された。もちろん抗議が出たが、受け付けられなかった。
Jリーグが試合結果をそのまま承認したのは、まったく正しい結論ということができる。
しかし武田に対する処分は別だ。試合結果とは関係のないことだからだ。
ワールドカップでも、VTRを使って著しく不正な行為や危険な行為の確認をし、処分を与えている。審判が見落として退場処分にもしなかった選手が、八試合の出場停止処分を受けた例もあった。
武田の例も、VTRを見れば故意にやったものであることは明かなはず。だがJリーグはマッチコミッサリーの報告だけを材料にして処分を決めた。
今回のような甘い処分では、「審判に見つかりさえしなければ反則をやったほうが得」「それも技術のうち」などという考えを助長することになる。
(1994年9月13日=火)
1−1で迎えた後半、ヴェルディの武田が後方からマークするグランパスの飯島にヒジ打ちをくらわしたが、主審は見落とし、プレーが続行される。そしてパスが数本通った後に武田からパスを受けたビスマルクが決勝ゴールを決めた。
得点を認めた後、試合が再開される前に主審は線審のアピールに気づき、アドバイスを得て武田にイエローカードを出す。
このイエローカードがヒジ打ちに対するものであるとすれば、反則があった時点にさかのぼってグランパスにフリーキックを与え、当然ビスマルクのゴールは認められないことになる。しかし主審はそのまま試合を再開し、結局2−1でヴェルディが勝った。
翌日、日本サッカー協会の審判委員会は当該の主審を今後1カ月間はJリーグの試合に指名しないなどの決定を発表した。しかしJリーグの規律委員会はマッチコミッサリーの報告を受けて武田に「厳重注意」をしたにとどまった。
ファンの疑問は2点に集約されるだろう。第1に、審判のミスでゴールが決まり勝負を分けたのだから、この試合を「無効」にして再試合をするべきではないかという点、第2には、危険なヒジ打ちをした武田に出場停止などもっと厳しい処分が下されるべきではないかという点だ。
ドイツでは、明らかにゴールをはずれていたシュートを主審がゴールインと認めてしまった事件があり、VTRで確認したドイツ協会は再試合を命じた。だがこれは、サッカーのルールに反する命令だった。
「競技の結果に関する限り、競技に関連する事実についての主審の決定は最終的である」(第5条)
わかりにくい翻訳だが、つまり試合が終わったら、勝ち負けは審判の決めたとおりにするということだ。そうしないと、サッカー界は大混乱になってしまう。
こうした事件の最も有名な例は、86年ワールドカップでのマラドーナの「神の手」事件だろう。
準々決勝のイングランド戦の後半にマラドーナは左手のこぶしで先制ゴールを決めたのだ。主審はこれに気づかず、2−1でアルゼンチンが勝った。テレビでもわかりにくいシーンだった。だがスローVTRを見れば反則は明らかだった。
記者の質問をマラーナは「ディエゴの頭と神の手が生んだゴール」とはぐらかした。国際サッカー連盟はすぐに審判のミスであることを認めた。しかし再試合を命じることも、結果を変えることもなかった。記録にも得点者としてマラドーナの名前が残された。もちろん抗議が出たが、受け付けられなかった。
Jリーグが試合結果をそのまま承認したのは、まったく正しい結論ということができる。
しかし武田に対する処分は別だ。試合結果とは関係のないことだからだ。
ワールドカップでも、VTRを使って著しく不正な行為や危険な行為の確認をし、処分を与えている。審判が見落として退場処分にもしなかった選手が、八試合の出場停止処分を受けた例もあった。
武田の例も、VTRを見れば故意にやったものであることは明かなはず。だがJリーグはマッチコミッサリーの報告だけを材料にして処分を決めた。
今回のような甘い処分では、「審判に見つかりさえしなければ反則をやったほうが得」「それも技術のうち」などという考えを助長することになる。
(1994年9月13日=火)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。