サッカーの話をしよう
No.78 加茂周 「モダン」で世界に挑む
「クラシックでなく、小さなゾーンをつくって守るのも攻めるのも速い、モダンなサッカーのできるチームをにしたい」
日本代表の監督に就任することになった横浜フリューゲルスの加茂周監督はこう抱負を語った。
「ゾーンプレス」という世界の最先端の戦術の実践者として知られる加茂監督の口から流れた「モダン」「クラシック」という表現は、サッカーでは耳慣れない言葉。両者は具体的にどう違うのだろうか。
加茂監督といえばフリューゲルスの前に日産を率いて88−89シーズンにJSLカップ、天皇杯全日本選手権、そして日本リーグの三冠を制覇した名将。その間、21連勝という無敵ぶりを見せた。
74年に監督に就任、14年間をかけてゼロから育てた日産のサッカーは、木村和司、金田喜稔、水沼貴史といったテクニシャンを高度なグループ戦術で結びつけたもの。ボールをとったらすぐ前に入れるが、ハーフライン近辺でいったん「スピードダウン」し、バックパスからサイドチェンジを入れて、再びスピードを上げて突破する。局面での二人、三人の息の合ったコンビネーションが、その攻撃に破壊力を与えた。
加茂監督はこの当時の日産を「クラシックなスタイルの集大成」と表現する。
しかし現代の世界のトップクラスでは、中盤を狭くしてFWも含めたフィールドプレーヤー全員でプレッシャーをかけてボールを奪うというサッカーが大勢を占めている。こうした守備に「クラシック」な攻撃で臨んでも、スピードダウンする間に相手がボールより自陣側に引いてしまい、攻め崩すのが困難になる。そこでより「モダン」な攻撃が必要となるのだ。
モダンなサッカーではできるだけバックパスはしない。バックパスをするときには、次に縦に鋭いパスを入れるなど明確な目的がなければならない。
味方チームがボールをとったら、早く、前にプレーし、相手に帰陣の時間を与えない。チーム全体が前に出るスペースをつくるために、FWは前へ前へと動かねばならない。ボールを受けに戻ることはしない。
イタリアのジェノアでデビューしたときのカズ(三浦知良)のプレーを見ただろうか。カズは味方ボールになると、パスを受けようとして引いてきたり、開いたポジションをとった。しかしジェノアは前へ前へとプレーしようとする。その結果、カズにはほとんどいいボールがいかなかった。
カズがプレーしていたヴェルディは基本的にはクラシックなスタイル。カズといえども、ジェノアのモダンなスタイルに数週間の練習ではついていくことはできなかったのだ。
しかしアジアでトップになり、世界に対抗できるチームをつくるには、加茂監督が唱える「モダンなスタイル」を身につける以外に道はない。短期間にこのスタイルの戦術を習得するには理解力のある選手が必要だ。今回の代表チームはそうした能力をもった選手が中心になるに違いない。
加茂氏に監督就任を要請したことを発表した際、川淵三郎強化委員長は日本人でコミュニケーションが容易なこと、本人がやりたがっていることなどを理由にあげた。外国などには、これが中心になって伝わってしまったようだ。
だがもちろん、強化委員会が加茂氏を選んだのは、プロのコーチとして日本代表を任せるにたるだけの理論と実力の持ち主と評価したからにほかならない。その他の理由は、ファルカン前監督を傷つけないための「方便」だったと、私は見ている。
(1994年11月8日=火)
日本代表の監督に就任することになった横浜フリューゲルスの加茂周監督はこう抱負を語った。
「ゾーンプレス」という世界の最先端の戦術の実践者として知られる加茂監督の口から流れた「モダン」「クラシック」という表現は、サッカーでは耳慣れない言葉。両者は具体的にどう違うのだろうか。
加茂監督といえばフリューゲルスの前に日産を率いて88−89シーズンにJSLカップ、天皇杯全日本選手権、そして日本リーグの三冠を制覇した名将。その間、21連勝という無敵ぶりを見せた。
74年に監督に就任、14年間をかけてゼロから育てた日産のサッカーは、木村和司、金田喜稔、水沼貴史といったテクニシャンを高度なグループ戦術で結びつけたもの。ボールをとったらすぐ前に入れるが、ハーフライン近辺でいったん「スピードダウン」し、バックパスからサイドチェンジを入れて、再びスピードを上げて突破する。局面での二人、三人の息の合ったコンビネーションが、その攻撃に破壊力を与えた。
加茂監督はこの当時の日産を「クラシックなスタイルの集大成」と表現する。
しかし現代の世界のトップクラスでは、中盤を狭くしてFWも含めたフィールドプレーヤー全員でプレッシャーをかけてボールを奪うというサッカーが大勢を占めている。こうした守備に「クラシック」な攻撃で臨んでも、スピードダウンする間に相手がボールより自陣側に引いてしまい、攻め崩すのが困難になる。そこでより「モダン」な攻撃が必要となるのだ。
モダンなサッカーではできるだけバックパスはしない。バックパスをするときには、次に縦に鋭いパスを入れるなど明確な目的がなければならない。
味方チームがボールをとったら、早く、前にプレーし、相手に帰陣の時間を与えない。チーム全体が前に出るスペースをつくるために、FWは前へ前へと動かねばならない。ボールを受けに戻ることはしない。
イタリアのジェノアでデビューしたときのカズ(三浦知良)のプレーを見ただろうか。カズは味方ボールになると、パスを受けようとして引いてきたり、開いたポジションをとった。しかしジェノアは前へ前へとプレーしようとする。その結果、カズにはほとんどいいボールがいかなかった。
カズがプレーしていたヴェルディは基本的にはクラシックなスタイル。カズといえども、ジェノアのモダンなスタイルに数週間の練習ではついていくことはできなかったのだ。
しかしアジアでトップになり、世界に対抗できるチームをつくるには、加茂監督が唱える「モダンなスタイル」を身につける以外に道はない。短期間にこのスタイルの戦術を習得するには理解力のある選手が必要だ。今回の代表チームはそうした能力をもった選手が中心になるに違いない。
加茂氏に監督就任を要請したことを発表した際、川淵三郎強化委員長は日本人でコミュニケーションが容易なこと、本人がやりたがっていることなどを理由にあげた。外国などには、これが中心になって伝わってしまったようだ。
だがもちろん、強化委員会が加茂氏を選んだのは、プロのコーチとして日本代表を任せるにたるだけの理論と実力の持ち主と評価したからにほかならない。その他の理由は、ファルカン前監督を傷つけないための「方便」だったと、私は見ている。
(1994年11月8日=火)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。