サッカーの話をしよう
No.94 タイムアウトはCM枠?
まるでバレーボールのようなルールがブラジルのサンパウロ州選手権で採用されて話題になっている。
前後半1回ずつ「タイムアウト」をとることができるというルール。決めるのは、それぞれキックオフした側の監督だ。国際サッカー連盟(FIFA)は将来のルール変更への実験として容認した。
サッカーでは「試合が始まったらあとは選手任せ」という考えが伝統だった。「テクニカルエリア」を設けて、監督がタッチラインの近くまで出て戦術的な指示を与えることを許したのは1993年、わずか2年前のことだ。
それをさらに徹底させ、試合途中にプレーを止めて3分間までアドバイスする時間を与えるのが、今回の「実験」なのだ。
FIFAはサッカーの質を高めるための施策のひとつという認識のもとにこの実験を許可した。
しかしタイムアウトにはまったく別の側面がある。テレビである。
テレビからはいる収入は現代のプロスポーツに不可欠な存在。昨年のワールドカップでは、総収入3億スイスフラン(約240億円)のうち3分の1強が放映権収入だった。
クラブも、試合数とスタジアムの収容人員が限られている以上、収入を伸ばす道は放映権しかない。
ところがサッカーは45分間ノンストップの競技。その間コマーシャルを入れることはできない。テレビ側にとっては非常にやっかいな番組なのだ。
そのためサッカーの試合をライブでできるのは、世界の大半で国立や公営の放送局に限られている。
ワールドカップでも、FIFAから独占的に権利を買っているのは、世界の公共放送機構であり、原則としてどこでもコマーシャルなしで放映されている。
だが実際のところ、テレビの世界で「放映権」に多額のカネが払えるのは、民間放送局である。もちろんコマーシャルを入れることができるからだ。
収入を考えれば、近い将来、ワールドカップを含めたサッカーの放送が民放に移っていくのは必至だ。となれば、コマーシャルとどう付き合うか、サッカー側が考えておかなくてはならない状況なのだ。
かつて、それを先取りしたFIFAのアベランジェ会長は1試合を「25分間の4セットにしたらどうか」という大胆な発言をして世界の失笑を買った。
こうした点を考えればタイムアウトの狙いは明白。前後半に1回ずつタイムアウトがあればコマーシャルを入れる時間ができる。民放がサッカーに飛びつき、サッカー界には大きな収入増につながるだろう。
では、かんじんの試合はおもしろくなるのか。
数人の監督は「後半だけでもタイムアウトがとれれば、最後の20分間はもっともっと内容の高い試合ができるはず」と以前から語っている。期待はできる。
サンパウロで実験しているのはあくまで「タイムアウト」で、権利をもっていても使う必要はない。自分のチームがいいリズムで試合を進めていれば、相手を立ち直らせるタイムアウトをとる監督はいない。
しかしいったんテレビがこれに吸い寄せられて巨額の放映権料とともにはいってきたら、監督たちは試合主催者から「必ずタイムアウトをとれ」とプレッシャーをかけられる。そしてすぐに「任意」ではなく「義務」になるだろう。
そうして生まれたものは数年前に世界中がせせら笑ったアベランジェ会長の発言とどう違うのか。
今回のタイムアウト。ファンの皆さんはどう考えるだろうか。
(1995年3月14日)
前後半1回ずつ「タイムアウト」をとることができるというルール。決めるのは、それぞれキックオフした側の監督だ。国際サッカー連盟(FIFA)は将来のルール変更への実験として容認した。
サッカーでは「試合が始まったらあとは選手任せ」という考えが伝統だった。「テクニカルエリア」を設けて、監督がタッチラインの近くまで出て戦術的な指示を与えることを許したのは1993年、わずか2年前のことだ。
それをさらに徹底させ、試合途中にプレーを止めて3分間までアドバイスする時間を与えるのが、今回の「実験」なのだ。
FIFAはサッカーの質を高めるための施策のひとつという認識のもとにこの実験を許可した。
しかしタイムアウトにはまったく別の側面がある。テレビである。
テレビからはいる収入は現代のプロスポーツに不可欠な存在。昨年のワールドカップでは、総収入3億スイスフラン(約240億円)のうち3分の1強が放映権収入だった。
クラブも、試合数とスタジアムの収容人員が限られている以上、収入を伸ばす道は放映権しかない。
ところがサッカーは45分間ノンストップの競技。その間コマーシャルを入れることはできない。テレビ側にとっては非常にやっかいな番組なのだ。
そのためサッカーの試合をライブでできるのは、世界の大半で国立や公営の放送局に限られている。
ワールドカップでも、FIFAから独占的に権利を買っているのは、世界の公共放送機構であり、原則としてどこでもコマーシャルなしで放映されている。
だが実際のところ、テレビの世界で「放映権」に多額のカネが払えるのは、民間放送局である。もちろんコマーシャルを入れることができるからだ。
収入を考えれば、近い将来、ワールドカップを含めたサッカーの放送が民放に移っていくのは必至だ。となれば、コマーシャルとどう付き合うか、サッカー側が考えておかなくてはならない状況なのだ。
かつて、それを先取りしたFIFAのアベランジェ会長は1試合を「25分間の4セットにしたらどうか」という大胆な発言をして世界の失笑を買った。
こうした点を考えればタイムアウトの狙いは明白。前後半に1回ずつタイムアウトがあればコマーシャルを入れる時間ができる。民放がサッカーに飛びつき、サッカー界には大きな収入増につながるだろう。
では、かんじんの試合はおもしろくなるのか。
数人の監督は「後半だけでもタイムアウトがとれれば、最後の20分間はもっともっと内容の高い試合ができるはず」と以前から語っている。期待はできる。
サンパウロで実験しているのはあくまで「タイムアウト」で、権利をもっていても使う必要はない。自分のチームがいいリズムで試合を進めていれば、相手を立ち直らせるタイムアウトをとる監督はいない。
しかしいったんテレビがこれに吸い寄せられて巨額の放映権料とともにはいってきたら、監督たちは試合主催者から「必ずタイムアウトをとれ」とプレッシャーをかけられる。そしてすぐに「任意」ではなく「義務」になるだろう。
そうして生まれたものは数年前に世界中がせせら笑ったアベランジェ会長の発言とどう違うのか。
今回のタイムアウト。ファンの皆さんはどう考えるだろうか。
(1995年3月14日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。