サッカーの話をしよう

No.101 悪賢さを身につけるには遊びが必要

 20歳以下の日本ユース代表がワールドユース選手権でベスト8進出の快挙をなし遂げた。しかも敗退した準々決勝では世界の「王国」ブラジルを相手に先制ゴールを奪い、最終的にも1−2という接近したスコアだったので、「よくやった」という評価が多い。
 たしかによくやった。チリと引き分け、スペインには同点に追いつきながら1−2。そしてブルンジ戦は落ちついた試合運びで2−0の快勝。追い込まれたときに勝負強さを発揮するところに、日本のユース世代の頼もしさを感じる。

 だが、ブラジルに対する試合のスコアだけを見て、「日本のサッカーが世界に追いついた」などというのは早計だ。
 たしかに、安永(横浜マリノス)のスピードはブラジルを驚かせ、CKからの奥(ジュビロ磐田)のゴールは相手を慌てさせた。しかし大半の時間は、ブラジルが試合を支配していた。日本がボールをもったときも、そのプレーはブラジルの巧みな守備組織にコントロールされていた。
 心配されていたほどフィジカル面では大きな差はなかった。個々のボールテクニックとスピードも見劣りしたわけではない。だが、ブラジル選手と日本選手には大きな差があった。
 それは「判断」の差だ。

 ブラジルの選手たちは、日本の選手たちよりもはるかによく試合の状況を把握し、次のプレーを考えていた。だからボールを受けるときには事前に必ず相手を逆につっておき、自分は楽らくと次のプレーをこなしていた。プレーのタイミングも抜群だった。ブラジルの選手たちが決断力が非常に優れているように見えたのはそのためだ。
 一方、日本の選手たちは極端にいえば「ボールを受けてから状況を見てプレーを決定する」といった場面が少なくなかった。そのため、安永のスピード以外、日本の攻撃が相手を「驚かせた」ことはなかった。スローインのときに、構えてから投げる場所を探しているケースも多かった。

 サッカーでは、この判断の速さはプレーの質を左右する決定的な要因である。
 「日本のサッカーに足りないのは、いい意味での悪賢さだ」
 最近の雑誌で、元鹿島アントラーズのジーコがこのようなことを書いていた。
 「悪賢さ」という言葉は「正々堂々」という日本人好みのスポーツ観とは相反するように聞こえるかもしれない。しかし、それは、時間かせぎや審判の見えないところでの巧妙な反則などを指すわけではない。
 相手より先に状況を知って、相手より先にプレーを企画しアクションを起こすことによって、相手を謝った判断や方向に導くことを指している。そしてこれこそ、この「サッカー」というゲームの本質なのだ。
 ジーコは日本人にはそのサッカーの「本質」が欠けているという。そしてワールドユースのブラジルとの対戦は、それを見事に証明していた。では、どうしたら「悪賢さ」を身につけることができるのか。

 それは「遊ぶ」ことだ。少年時代にどれだけ「遊んだ」かが、「悪賢さ」につながる。
 小学生のころに何もかも教え込むような指導をすると、けっして自分で考える力をもった選手は生まれない。近所の子供たちが集まって、何時間も何時間もあきることなく続くゲームのなかから初めて本物の「悪賢さ」が生まれる。
 日本ユース代表が示したブラジルとの「距離」をどうとらえ、それを縮めるためにどうするか。日本のサッカーが本当に世界に追いつくために、真剣に考えなければならない問題だ。

(1995年5月9日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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