サッカーの話をしよう

No.116 少年はJリーグのすべてをまねする

 夏休みに行われた少年の大会を見て、ユニホームがひと昔前とは大きく変わったことに気づいた。Jリーグなどプロとそっくりのものを着ているのだ。
 Jリーグがスタートして以来、少年たちのあこがれは完全に日本の選手たちとなった。マラドーナに奪われていた「アイドル」の座を日本人の手に取り戻したのはカズであり、ラモス、福田、井原といったJリーグのスターたちだった。

 当然、ユニホームだけでなく、少年たちはJリーグの選手たちのまねをしようとする。華麗なドリブル、激しいプレッシャー、意表をついたパス、コンビプレー、ガッツポーズ。
 そう、少年たちは目を凝らしてJリーグを見、そのすべてをまねる。そして残念ながら、いいプレーやすばらしいチームスピリットだけでなく、悪い行為までもまねをするのだ。
 Jリーグの選手は、どこまでそれを意識しているだろうか。

 試合のなかで、勢いあまってファウルをしてしまうケース、勝ちたいという気持ちのあまり、きたないプレーになってしまう場合もあるだろう。その結果、黄色や赤のカードを受けるかもしれない。
 それ自体は、ある意味で仕方のないことだ。なくす努力はしなければならないが、現代のサッカーでは、どんな選手でも警告や退場などの処罰を受ける危険性と隣合わせでプレーしなければならないからだ。
 だが、ひとつだけ許しがたいことがある。Jリーグスタート以来たびたび指摘され、シーズン前にはいつも「根絶宣言」がなされながらまったく減らない行為「審判への異議」だ。

 激しいぶつかり合いがある。審判の笛が鳴る。すると、必ずといっていいほど「どうして?」というポーズを見せる選手がいる。倒れた選手は「カードだ、カード!」と要求する。笛が鳴らなければ、転んだ選手が「なぜファウルじゃないんだ!」と声を上げる。
 オフサイドの旗が上がれば、ラインズマンに向かって目を剥き、「どこを見てるんだ!」と怒鳴る。タッチ際できわどいプレーがあれば、「相手が最後に触ったじゃないか」とクレームをつける。
 悪いことに、こうした行為の大半はテレビ中継ではアップになる。その結果、試合によっては、プレーが止まるたびに、このような醜悪な行為をいやというほど見せられてしまう。

 本来なら、こうした行為は「イエローカード」に当たる。主審がもし何も気にせず規定どおりカードを出していたら、多分90分間を終えられない試合がいくつも出るだろう。1チームの選手が7人を切ったら、その時点で没収試合になってしまうからだ。
 そうならないのは、審判たちが「がまん」をしているからにほかならない。選手たちは、それを理解しているのだろうか。

 こうした行為をする選手はかなり決まっている。また、そうした選手が多いチームとそうでもないチームも、非常にはっきりとしている。それは、監督やクラブ、そして選手自身の考え方や姿勢次第で、どちらにもなるということだ。
 Jリーグの選手諸君、試合前にほんの1分間だけでいいから、自分たちの試合を見つめている少年たちのことを考えてほしい。あなたがたは、少年たちにとって偉大なアイドルであり、サッカーに関するすべての「手本」なのだ。
 審判がどんな判定を出そうと、ミスしようと、自分の感情をコントロールし、プレーに集中する美しさ、本当の「強さ」を見せてほしい。それこそ、本物のプロではないか。

(1995年8月29日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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