サッカーの話をしよう
No.138 無責任なシダックスの廃部
オートラリアでのんびりと日本代表のトレーニングを見て帰ってきたら、日本ではとんでもないことが起こっていた。日本女子リーグ(Lリーグ)の「東京シダックス」が「廃部」を決定したというのだ。
Lリーグでは、規約で練習グラウンドの確保が義務づけられている。シダックスは調布市内で借りているグラウンドの契約が3月で切れ、代替地を探していたが、みつからなかったのでチームの存続自体をあきらめたという。
Lリーグを脱退するという話ではない。チームを解散させ、選手をサッカーのできない状況に放り出してしまうというのだ。あきれかえって声も出ない。
「東京シダックス」は、かつて「小平FC」という名で活動した地域のクラブだった。
小平市役所に勤める永沢孝男さんが近所の女子小学生のサッカーのめんどうを見るようになってクラブがつくられ、少女たちが成長するにつれて東京でも有数の強豪クラブに成長した。熱心な指導のおかげで現在静岡の「鈴与清水FC」に所属する日本代表FW長峯かおりをはじめ、何人もの好選手が生まれた。
この「近所の女の子」の集まりだったクラブに大きな転機が訪れたのは八九年のこと。日本女子リーグができた年だ。リーグ加盟には分担金が500万円も必要だった。そこで新光精工という企業から協力を受けることになったのだ。クラブ名も「新光精工FCクレール」となった。
急成長中の外食産業シダックスが、チームをそっくり受け継いだのが93年4月。Jリーグ誕生を前に日本中がサッカーに熱狂していたころだ。永沢さんは仕事の都合でチームを離れ、昨年からは元東芝の斉藤誠さんが監督となった。
企業が経営の悪化でスポーツ活動を休止することはよくある。だがシダックスの場合、会社の業績は上々だという。サッカーブームの鎮静化、女子サッカーが期待したほど話題にならないことが理由なのか。シダックスは最近キューバから野球選手をとって社会人大会で話題になったが、その影響もあるのだろうか。いずれにしろ、「廃部」の理由は見当たらない。
しかもチームは単なる社員の福利厚生のためのものではない。歴史あるクラブをそっくり引き受ける形で3年前にスタートしたばかりだ。当時、チームは高校生が主体だった。
現在の22人の選手のうち、シダックスの社員は約半数。残りの大半は学生で、他企業の社員もひとりいる。さらには、サッカー選手として今年度シダックスへの就職が内定している者も2人いるという。
シダックスの「廃部」は単なる「社内問題」ではないのだ。社会への重大な裏切り行為、「社会問題」である。そんなことを平気でやる企業の無責任きわまりない神経、同時に、それを「ああそうですか」と受け取るしかないチームやサッカー協会、あるいはLリーグの情けなさに、あきれかえって声も出ないのだ。
もちろん問題の根源はクラブが自立しえない日本の社会そのものにある。「FC小平」が主体性を保っていば、次のスポンサーを探せばすむ問題だった。選手たちはいままでと変わらずサッカーを続けていくことができたはずだ。このようなクラブは、地域社会や自治体の理解とサポートなしには存在しえない。いまの日本には、それが決定的に欠けている。
無責任きわまりない企業によって放り出された20数人の女子サッカー選手たちは、はからずも、日本の貧困なスポーツ環境を浮き彫りにさせる形となった。
(1996年2月20日)
Lリーグでは、規約で練習グラウンドの確保が義務づけられている。シダックスは調布市内で借りているグラウンドの契約が3月で切れ、代替地を探していたが、みつからなかったのでチームの存続自体をあきらめたという。
Lリーグを脱退するという話ではない。チームを解散させ、選手をサッカーのできない状況に放り出してしまうというのだ。あきれかえって声も出ない。
「東京シダックス」は、かつて「小平FC」という名で活動した地域のクラブだった。
小平市役所に勤める永沢孝男さんが近所の女子小学生のサッカーのめんどうを見るようになってクラブがつくられ、少女たちが成長するにつれて東京でも有数の強豪クラブに成長した。熱心な指導のおかげで現在静岡の「鈴与清水FC」に所属する日本代表FW長峯かおりをはじめ、何人もの好選手が生まれた。
この「近所の女の子」の集まりだったクラブに大きな転機が訪れたのは八九年のこと。日本女子リーグができた年だ。リーグ加盟には分担金が500万円も必要だった。そこで新光精工という企業から協力を受けることになったのだ。クラブ名も「新光精工FCクレール」となった。
急成長中の外食産業シダックスが、チームをそっくり受け継いだのが93年4月。Jリーグ誕生を前に日本中がサッカーに熱狂していたころだ。永沢さんは仕事の都合でチームを離れ、昨年からは元東芝の斉藤誠さんが監督となった。
企業が経営の悪化でスポーツ活動を休止することはよくある。だがシダックスの場合、会社の業績は上々だという。サッカーブームの鎮静化、女子サッカーが期待したほど話題にならないことが理由なのか。シダックスは最近キューバから野球選手をとって社会人大会で話題になったが、その影響もあるのだろうか。いずれにしろ、「廃部」の理由は見当たらない。
しかもチームは単なる社員の福利厚生のためのものではない。歴史あるクラブをそっくり引き受ける形で3年前にスタートしたばかりだ。当時、チームは高校生が主体だった。
現在の22人の選手のうち、シダックスの社員は約半数。残りの大半は学生で、他企業の社員もひとりいる。さらには、サッカー選手として今年度シダックスへの就職が内定している者も2人いるという。
シダックスの「廃部」は単なる「社内問題」ではないのだ。社会への重大な裏切り行為、「社会問題」である。そんなことを平気でやる企業の無責任きわまりない神経、同時に、それを「ああそうですか」と受け取るしかないチームやサッカー協会、あるいはLリーグの情けなさに、あきれかえって声も出ないのだ。
もちろん問題の根源はクラブが自立しえない日本の社会そのものにある。「FC小平」が主体性を保っていば、次のスポンサーを探せばすむ問題だった。選手たちはいままでと変わらずサッカーを続けていくことができたはずだ。このようなクラブは、地域社会や自治体の理解とサポートなしには存在しえない。いまの日本には、それが決定的に欠けている。
無責任きわまりない企業によって放り出された20数人の女子サッカー選手たちは、はからずも、日本の貧困なスポーツ環境を浮き彫りにさせる形となった。
(1996年2月20日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。