サッカーの話をしよう
No.160 ソッカーかサッカーか
早稲田大学サッカー部の正式名称は「ア式蹴球部」である。慶応大学は「ソッカー部」。どちらも奇妙な名前を使っている。
サッカーsoccerという競技の正式名称が「アソシエーション・フットボール」であると知っている人は少なくないだろう。早大の「ア式」は、ここからきた名称だ。(ラグビー部は「ラ式蹴球部」)。
associationからsocの部分を抜き出して、十九世紀後半のイングランドの学生造語でできたのが「soccer」。いわば、「愛称」のようなものだった。
だが、soccerという名前は世界ではほとんど通じない。世界の大半の国では「フットボール」あるいはその訳語がこの競技の名称として使われているのだ。英国ではラグビーとサッカーの2種類がある「フットボール」だが、ほとんどの国ではフットボールといえばサッカーだけ。その結果、「愛称」はほとんど普及しなかったのだ。
ところが、英国でも「サッカー」と言ってもわかってもらえないことが多い。「soccer」を誌名にした雑誌もあるし、新聞記事のなかにもしょっちゅう出てくる。しかし「サッカー」では通じないのだ。
「フットボール」と言うと、「アア、ソッカー!」という反応。これは冗談ではない。英国では、「サッカー」より「ソッカー」に近い発音をする。それが通じない原因だった。
1994年ワールドカップで初めてアメリカでじっくりとサッカーの取材をした。日本と同様、「サッカー」の国。「フットボール」はアメリカンフットボールのことだからだ。
そしてそこで耳についたのが、soccerの独特の発音だった。彼らはとくに「サ」を強く発音し、日本語でいうと「坂」に近い音になっていた。同じ英語でも、イギリス人の発音とは大きく違うのだ。
サッカーが日本で普及し始めたのは大正時代にはいってからのこと。大正10年(1921年)には、後に「日本ッカー協会」となる「大日本蹴球協会」が誕生したが、その4年前に大阪サッカークラブが初めて「サッカー」という名称を使用している。メンバーのひとりがアメリカに留学したときに「正しい発音」を聞いてきてつけられた名称だったという。
それまで、外国の書籍などで「ア式蹴球」のことをsoccerと書いたものを見ていたが、正確にどう発音するのか、誰にもわからなかった。そこに「正しい発音」がもたらされ、カタカナで「サッカー」と書かれるようになったのだ。
慶大「ソッカー」部の名称もほぼ同じ時期から使われ始めたが、多分、こちらは英国留学から帰国した学生が持ちかえった「正しい発音」だったのだろう。
どういう経過で一方の発音が広まったのかは定かではない。だが、結果として「サッカー」が生き残り、後には協会の正式名称に採用されるまでになった。
ことし、日本サッカー協会は創立75周年を迎えた。創立記念日にあたる9月10日には盛大な式典も予定されている。だが、大阪クラブのメンバーがアメリカでなく英国に留学していたら、現在の名称は「日本ソッカー協会」であったかもしれない。
しかし競技の名称がどうであれ、ピッチやゴールの大きさ、競技ルールなどは完全に同じ。前園のドリブルは世界のどんなDFにとってもやっかいであり、川口が立つゴールを開くのは容易なことではない。
私たちは、言葉ではなく「サッカーのゲーム」という「共通語」で世界と語るのだ。
(1996年8月19日)
サッカーsoccerという競技の正式名称が「アソシエーション・フットボール」であると知っている人は少なくないだろう。早大の「ア式」は、ここからきた名称だ。(ラグビー部は「ラ式蹴球部」)。
associationからsocの部分を抜き出して、十九世紀後半のイングランドの学生造語でできたのが「soccer」。いわば、「愛称」のようなものだった。
だが、soccerという名前は世界ではほとんど通じない。世界の大半の国では「フットボール」あるいはその訳語がこの競技の名称として使われているのだ。英国ではラグビーとサッカーの2種類がある「フットボール」だが、ほとんどの国ではフットボールといえばサッカーだけ。その結果、「愛称」はほとんど普及しなかったのだ。
ところが、英国でも「サッカー」と言ってもわかってもらえないことが多い。「soccer」を誌名にした雑誌もあるし、新聞記事のなかにもしょっちゅう出てくる。しかし「サッカー」では通じないのだ。
「フットボール」と言うと、「アア、ソッカー!」という反応。これは冗談ではない。英国では、「サッカー」より「ソッカー」に近い発音をする。それが通じない原因だった。
1994年ワールドカップで初めてアメリカでじっくりとサッカーの取材をした。日本と同様、「サッカー」の国。「フットボール」はアメリカンフットボールのことだからだ。
そしてそこで耳についたのが、soccerの独特の発音だった。彼らはとくに「サ」を強く発音し、日本語でいうと「坂」に近い音になっていた。同じ英語でも、イギリス人の発音とは大きく違うのだ。
サッカーが日本で普及し始めたのは大正時代にはいってからのこと。大正10年(1921年)には、後に「日本ッカー協会」となる「大日本蹴球協会」が誕生したが、その4年前に大阪サッカークラブが初めて「サッカー」という名称を使用している。メンバーのひとりがアメリカに留学したときに「正しい発音」を聞いてきてつけられた名称だったという。
それまで、外国の書籍などで「ア式蹴球」のことをsoccerと書いたものを見ていたが、正確にどう発音するのか、誰にもわからなかった。そこに「正しい発音」がもたらされ、カタカナで「サッカー」と書かれるようになったのだ。
慶大「ソッカー」部の名称もほぼ同じ時期から使われ始めたが、多分、こちらは英国留学から帰国した学生が持ちかえった「正しい発音」だったのだろう。
どういう経過で一方の発音が広まったのかは定かではない。だが、結果として「サッカー」が生き残り、後には協会の正式名称に採用されるまでになった。
ことし、日本サッカー協会は創立75周年を迎えた。創立記念日にあたる9月10日には盛大な式典も予定されている。だが、大阪クラブのメンバーがアメリカでなく英国に留学していたら、現在の名称は「日本ソッカー協会」であったかもしれない。
しかし競技の名称がどうであれ、ピッチやゴールの大きさ、競技ルールなどは完全に同じ。前園のドリブルは世界のどんなDFにとってもやっかいであり、川口が立つゴールを開くのは容易なことではない。
私たちは、言葉ではなく「サッカーのゲーム」という「共通語」で世界と語るのだ。
(1996年8月19日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。