サッカーの話をしよう

No.167 サポーターよ、成熟する勇気をもて

 美しい秋の好天に恵まれたスタジアムで、気持ちが暗く沈んでいくのを抑えることができなかった。
 試合のことではない。あまりに殺伐としたサポーターのことだ。自クラブを応援する声はすばらしい。だが相手クラブの選手をことごとく口笛とブーイングの対象とし、果ては声をそろえて「レフェリー、ヘッタクソ」などと連呼するのには、怒りさえ覚えた。

 サポーターは、Jリーグの1年目から「社会現象」にまでなり、Jリーグの試合に欠くことのできない存在となった。だが4シーズン目のことし、クラブによって大きく「温度差」が見られるようになった。以前の盛況など見る影もないクラブがある。その一方で、相変わらず熱く盛り上がっているクラブもある。

 実は、私自身もサポーターだった。学生時代には、国立競技場のバックスタンドに陣取り、紙吹雪を盛大にまき、日の丸を振って日本代表を応援していた。
 相手チームのバックパスにはすかさずブーイングを送り、日本サッカー狂会が発明した(バレーボールからきたものではない)「ニッポン、チャチャチャ!」を連呼して試合のたびに喉を枯らしていた。
 もちろん何人かの仲間といっしょだったのだが、巨大なスタンドではいくつかの「点」のひとつにすぎなかった。けっして「面」になることなどなかった。

 そんな経験をもつ一サッカーファンからすれば、Jリーグの誕生とともにどのクラブにもサポーター集団が出現したときには、「ついにこんな時代がきたか」と感激だった。こうして誕生したサポーターが、成長し、成熟していく姿が楽しみでならなかった。
 だが、4年を経たいま、スタジアムで見たのは、相手チームを「敵」としか見ず、自分のチームに不利な働きをする者を何の価値判断もなく攻撃する、幼稚で貧困な精神だった。

 サッカースタジアムに集結するサポーターは、日本的な「応援団」を否定するとこころから始まったのではないか。応援団長の声に合わせて、「三三七拍子」などを「やらされる」応援などはほしくないと、自ら「サポーター」と名乗ったはずだ。だが現在の多くのクラブのサポーターの精神は、「日本的応援団」以上に貧困で、幼児的だ。
 サポーターが未成熟な国では、サッカーも成熟を迎えることはできない。

 「成熟したサポーター」とは、自分のチームを心から愛し、声援する一方、サッカーについては厳しい目をもった集団のはずだ。すばらしいプレーには、敵味方関係なく盛大な拍手を送る。怠慢プレーにはすかさずブーイングだ。
 そうしたサポーターがいるスタジアムでは、選手たちはいい意味で緊張し、最高のプレーを見せようと努力する。それがサッカーの成熟をもたらす。
 相手チームや審判に対する憎しみを露にした現在のサポーターは、「大人になることを拒否した子供」にほかならない。

 実は、彼らの大半は、どんなプレーがすばらしく、どんなプレーが口笛に値するかを、すでによく知っている。それを表出しないのは、自分の思いを明確にすることで、仲間を失うことを恐れているからではないか。単純で子供っぽい「敵味方」の基準で結びついた集団から、仲間はずれにされたくない一心なのだ。
 ひとりひとりのサポーターに問いたい。
 「あなたは、成熟する勇気があるか」
 その「勇気」をもったサポーターが増えていかない限り、日本のサッカーにとっては有害なだけの存在になってしまう。

(1996年10月28日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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