サッカーの話をしよう

No.168 黄色い階段の秘密

 「黄色い階段」に最初に気づいたのは、92年にスウェーデンで開催された欧州選手権のときだった。

 双眼鏡でバックスタンドのサポーター席を見ていると、「黄色い階段」が目についた。スタンドは色とりどりのシャツで埋まっている。そのなかに、階段が色鮮やかな黄色で浮き上がっていたのだ。
 よく見ると、黄色いのは階段でだけではない。スタンドの通路も、全部同じ黄色に塗られている。
 最初に気がついたのはエーテボリのスタジアムだったが、他の会場でもまったく同じだった。

 「あれはね、ここでは観戦してはいけないという印なんですよ」
 そう教えてくれたのは、大会のホスト国であるスウェーデンのオルソン専務理事だった。
 「ヨーロッパでは、多くの国でこういう階段と通路のペインティングを採用していて、安全な試合運営にとても役立っています」
 「重要なのは、どこの国でも同じ基準で、同じ色で塗ることです。国際試合や大会では、これはとくに重要なことなのです」

 どこでも同じ「黄色い階段・通路」なら、言葉で注意を書かなくても、どういう場所かがわかる。観客は自分では気づかないうちにその「規制」を意識するようになる。
 それだけではない。ヨーロッパのスタジアムでは、通常スタンドの最上部に設けられた場内監視ステーションが設けられている。階段と通路をはっきりと塗り分けておけば、そこからひと目で状況を確認できるという大きな利点がある。

 10月16日に中米のグアテマラで起こった観客の圧死事故は、「スタジアムの安全性」について、改めて世界に問題を提起した。
 どんなことがあってもサッカーの試合観戦のために80人を超す犠牲者など出してはならない。こうした事故を防ぐために、できるだけのことをしなければならないのだ。

 日本では安全基準が厳しく、スタジアムでは通路や出入口は比較的広くとられている。だが、そうしてとられた「安全のためのスペース」が、規則どおりに使われているだろうか。
 通路の手すりにもたれて観戦している人は少なくない。東京の国立競技場では入場者が4万5000人を超すと最後列の後ろの通路にぎっしりと人が並ぶ。
 他のスタジアムでも、通路に立ったり階段に座っている観客を見る。「サポーター席」では、通路さえ見えなくなるほど、ぎっしりと立っている例もある。

 ニカラグアでは、大量に発行された偽造チケットが最大の原因になった。定員を1万5000人も上回る6万人のファンがスタジアムに詰めかけ、狭い通路に殺到して起きた事故だった。
 こんなことがなくても、火災や地震はいつでも起こりうる。そういうときにパニックを起こさずに観客を誘導することができるかどうかは、避難の通路をどれだけ確保できているかにかかっている。
 「黄色い階段と通路」がそのために役に立たないだろうか。

 スタジアムのすべての階段と通路を黄色く塗り、さらにそれを定期的に塗り直し、いつも色鮮やかにしておくのに、少しは経費が必要となるだろう。だが、ほんのわずかなことでスタジアムの「安全性」は大きく上がる。それは「ハードウェア」(スタジアム施設)というより、「ソフトウェア」(試合運営)に近い問題のように思う。
 ヨーロッパのスタジアムの階段はなぜ黄色なのか。その理由に、「安全なスタジアム」へのひとつのカギが隠されている。


168-1996ECシェフィールドの黄色い階段.jpg

(1996年11月5日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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