サッカーの話をしよう
No.178 前園の移籍を縛る移籍規定
「前園問題」はいつ決着がつくのだろうか。
横浜フリューゲルスと契約更改交渉が決裂した前園真聖選手(23)に対し、ヴェルディ川崎が獲得の意思を示しているが、「移籍金」がネックになって交渉は難航している。
日本サッカー協会(Jリーグではない)は「選手移籍規程」に基づき「移籍金算定基準」を定めている。規程の文言は非常にわかりにくいので、少し「翻訳」して紹介しよう。
「所属クラブとの契約が満了したプロ選手が、プロ選手として他のクラブに移籍するとき、契約満了後30カ月以内の移籍なら、移籍元のチームは移籍先チームに『算出基準』で算出される金額を上限とする移籍金を請求できる」(選手移籍規程第九条第四項)
「22歳以上25歳未満の選手の移籍金は、年俸の6倍である」(移籍金算出基準第三条第一項)
フリューゲルスが4億5000万円と伝えられる移籍金を要求するのは、これらの規程を根拠としている。ところがヴェルディは「出せても3億円程度」と、話がまとまらない。
Jリーグ誕生以前は、移籍は自由だった。1つの会社を辞職して同業他社に就職するようなものだったからだ。だから柱谷哲二選手(日産からヴェルディ)など大物の移籍もあった。
そのままでプロにしたら大混乱になると、移籍規程が整備されたのが92年。「算出基準」も、そのときに定められたものだ。
Jリーグ開幕の前年に作られた規程である。プロとして成功するかどうかまったく未知数の年。当然、年俸が現在のように高騰するとは、誰にも予想できなかった。だから六倍などという係数が生まれたのだ。
だがJリーグは1年目から成功を収め、年俸の伸びも予想を大きく上回った。当然、移籍金も莫大な額となり、以来、積極的な移籍はひとつもなかった。
ジェフ市原の城彰二選手の横浜マリノスへの移籍が決まるなど、時代は急速に変わりつつある。だが積極的な移籍を行おうと考えたとき、現行の基準は大きなネックとなっている。「前園事件」は、まさにその事例なのだ。
ところで、移籍金は通常どう決まるのだろうか。
ひとつは選手の「能力開発」にかけた費用の回収である。国際サッカー連盟も「移籍金」の正当性の根拠をここに置いている。
もうひとつの要素が「市場価格」だ。プロのサッカーが成熟したヨーロッパでは、選手の市場価格は妥当な範囲で決まっている。だがこれまで日本には「マーケット」がなかった。
契約更改交渉の経過で前園選手とフリューゲルスの間で大きなすれ違いがあったのは確かだ。どちらかの誠意が欠けていたのか、慣れないための不手際だったのか、あるいは誰かの「悪意」があったのか、それは定かではない。
しかしここまできたら、フリューゲルスはビジネスに徹し、移籍(商売)を成立させることに全力を注ぐべきだ。これまで前園選手にかけてきた費用、彼がチームになしてきた貢献、そして23歳のドメスティックなスター選手の適正な市場価格を、冷静に判断しなければならない。考えるべきことは、この移籍で得る資金をクラブの将来、チームの強化のためにどう役立てるかであるはずだ。
同時に、前園選手は、この移籍で移籍先のクラブに対してこれまで以上の大きな責任が生まれることを自覚しなければならない。
こうしてクラブや選手が移籍を積極的に考え、行動することは、日本のプロサッカーの成熟に大きなプラスになるはずだ。
(1997年1月27日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。