サッカーの話をしよう

No.182 激しくても、フェアプレー

 2月中旬、日本代表取材でバンコクにいたときに、ワールドカップ・ヨーロッパ予選「イングランド×イタリア」のテレビ中継を見た。98年フランス大会を目指す予選のなかでも、最も注目されるカードだ。
 試合はイタリアが前半にあげたゴールを守りきり、1−0で勝利を収めた。後半、イングランドが猛攻をかけ、押されっぱなしの展開になったが、イタリアの選手たちは最後まで冷静さを失わず、タフな神経で戦い抜いた。壮絶な戦いは、「予選」の厳しさをまざまざと見せつけた。
 だが何より印象的だったのは、この「生か死か」というような試合が、非常にクリーンでフェアだったことだ。94年ワールドカップ決勝主審プール氏(ハンガリー)は、この夜のウェンブリー・スタジアムで、一枚のカードも出す必要がなかった。見る者に心からの感動を与えた最大の理由は、そこにあった。
 
 3月を迎え、日本のサッカーシーズンが開幕する。Jリーグでは、今季は「大物」と呼べる外国人選手の補強はない。だがそれだけに、チームのために全力で戦う本物のプロフェッショナルばかりと期待したい。そして何よりも、日本の若い選手たちが力を伸ばし、リーグを盛り上げる活躍を見せてほしいと思う。
 
 だが今季のJリーグに最も期待したいのは、「激しくて、しかもフェアな」ゲームだ。
 Jリーグのテレビ視聴率は一昨年から大きく落ちている。その落ちた分には、Jリーグの「きたない」プレーに嫌気がさした人が少なくないはずだ。とくに最近になって初めてサッカーという競技を見た人では、その率が高いだろう。
 ずっとサッカーを見てきた人には何でもない行為、あるいはサッカーをやっている人が「戦術的行為」とさえ思っているプレーが、このような人にはひどくきたないと映っているのだ。
 一対一で負けそうになったときに相手のシャツやパンツをつかむ。FKのときに規程の距離まで離れようとしない。相手のFKやスローインになったときになかなかボールを渡さない。FKやPKをもらおうと、当たられてもいないのに派手に吹き飛んで見せる。何よりも、主審や副審の判定に異議を唱える。
 どんなに高いテクニックとチームプレーでスピードあふれる試合を見せても、どんなに見事なゴールシーンがあっても、その間にこんな行為を見せられたら、心ある人が嫌気がさすのは当然だ。
 
 観客数が大きく落ち込んだJリーグの各クラブは、今季、まさに「あの手この手」で入場券を買ってもらおうと努力している。だがスタンドにファンを呼び、テレビ中継の視聴者を増やすの何よりも肝心なのは、「ゲームで感動を与える」ことだ。それには「フェアプレー」が欠くことのできない要素なのだ。
 フェアプレーを実現するのは、選手たちの自覚と、それを引き出すチームの姿勢にほかならない。それはサンフレッチェ広島の例を見れば明白だ。
 S・バクスター監督が率いた94年まで、サンフレッチェは他を大きく引き離してイエローカードの少ないチームだった。だが95年に監督が代わると、他のチームとまったく変わらない数字になった。一方、バクスター監督を迎えたヴィッセル神戸は、昨年JFLで「J昇格」をかけた激戦を続けながらイエローカードの最少記録をつくった。
 
 激しさを忘れてはならない。だがその上にフェアなプレーで本物の感動を与えることができるか。今季だけでなく、Jリーグの未来がそこにかかっている。

(1997年3月3日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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