サッカーの話をしよう
No.184 Jリーグは歴史を葬った
「何年かたったら、かならず記録というのは失われます。最初からアニュアルレポートはつくっていかなければならない。そしてきちっと残していくことが大事ですよ」
1965年、日本サッカーリーグ(JSL)の最初のシーズン。初代総務主事(Jリーグでいえばチェアマン)の西村章一さんを相手にこう力説したのは、当時読売新聞の記者だった牛木素吉郎さんである。
この助言を受けて、JSLは翌年から「年鑑」を発行する。前年の記録を網羅し、新しいシーズンの顔ぶれを掲載する。世界のどこにもある「イヤーブック」のJSL版だった。
以来、日本サッカーのトップリーグの記録は、公式の出版物としてきちんと残されてきた。それが、このプロの時代になって切れるとは、想像を絶する出来事ではないか。
Jリーグは公式スポンサーになっていた大手出版社に「オフィシャルガイドブック」出版の権利を与え、Jリーグ自身で監修にあたっている。その出版社はシーズン後には「ガイド」とは別に「公式記録集」を発行し、全試合の記録と、チームごとに集計した出場リストなどを掲載してきた。
だが、96年Jリーグの「公式記録集」はついに出ずじまいだった。こうした地味な本は大量には売れない。採算がとれないからつくらない。商業出版社の当然の姿勢である。出版社とJリーグは、97年のガイドブックに公式記録を入れることにしたのだ。
ところが、今月上旬に発行された「ガイドブック」では、「記録」の部分はチーム別出場リストを中心としたもの。最も基本的な試合ごとの「記録」が、どこにも載っていないのだ。
もちろん、対戦チームの出場リストを合わせればある程度「試合記録」を組み立てることはできる。だが一昨年までの「記録集」にあった個々の選手のシュート数、チームごとのゴールキック、CK、FK数、そして副審名などは探すことはできない。
こうした事態が起こるのは、「歴史意識」の欠如にほかならない。当事者がそのときどきできちんと記録を残していくことによってのみ、正確な「歴史」がつくられる。どこかでその仕事を省略してしまったら、その間の出来事は永遠に失われてしまうのだ。
毎日毎日処理しなければならない問題が山積している。それを片づけることで手一杯だ。Jリーグのスタッフはそう言うかもしれない。それには同情する。しかし、こうした仕事にたずさわっている者が「歴史意識」を忘れるなら、現在の仕事の判断基準も怪しいものとなる。
このままでは、10年後、あるいは50年後、だれかが1996年のある試合の内容を知ろうとしても、信頼に足る公式の記録は存在しないことになる。
「Jリーグ・データセンターから全記録を取り出すことができる」と言うかもしれない。だがそれは有料サービスで、しかも本一冊とは比較にならない対価を必要とする。けっして「一般に開かれた情報」とはいえない。
「Jリーグは自己の存在を否定してしまった」
あるジャーナリストは、今回の「記録喪失」をそう断言する。きつい表現ではあるが、私はそれに反論することはできない。
1965年から30余年にわたって続けられてきた日本のトップリーグの記録の出版。それをここで切るという積極的な意図でないのなら、いまから制作にかかっても遅くはない。読者は目先のファンだけではない。「歴史」という気長な相手だからだ。
(1997年3月24日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。