サッカーの話をしよう
No.195 ユース代表コーチは自信を与えるべき
若いチームをコーチする者にとっていちばん大事な仕事とは、いったい何だろうか。マレーシアでワールドユース選手権を見ながらそんなことを考えた。
20歳以下のユースといっても、参加チームの状況はまちまちだ。大半が若手プロのチーム、全員がアマチュアのチーム、外国のプロで働く選手が数人いるチーム。中国はチーム全員で3年間も「ブラジル留学」していたという。
そうしたなかで、日本は数少ない「大半がプロ」のチームだった。だがそれはプロリーグが誕生したばかりで、若い選手にチャンスが与えられているからにほかならない。プレーそのものが「プロ」の名に値するかどうかは別の話だ。
その日本の初戦の相手はスペインだった。バルセロナなど世界的な超一流クラブ所属選手を中心にしたチーム。ヨーロッパ予選では準優勝という強豪だ。
試合が始まるとスペインが圧倒的に攻め込む。スピード、パワーだけでなく、試合運びのうまさ、個々の決断力などで日本を自陣に追い詰める。そして1点をリードする。前半の45分間を通じて日本は消極的そのもので、何もできないといった状況だった。
だがゲームは後半になると一変する。日本がうって変わって積極的になり、次々とチャンスをつくる。抜け目のないスペインが逆襲から1点を加え、結局は1−2で敗れたものの、後半のプレーだけで日本の評価は大きく上がったのだ。
この日、日本チームの山本昌邦監督は「最初は相手のペースになるだろうが、2、30分で疲れるはず。立ち上がりは慎重に、相手の動きが落ちてから思い切り攻めろ」と言って選手を送り出したと話した。
百戦錬磨のチームなら的確な指示だろう。だが日本のユース選手たちはゲームのなかで「流れの変化」をつかみ、プレーを変えられるほど成熟してはいなかった。だから45分間を無駄にしてしまったのだ。
「君たちのもっているものをすべて出せば必ず勝てる。相手を恐れず、日本のサッカーをやろう」
山本監督はこう言って送り出すべきだった。そうすれば、前半の45分間はまったく違ったものになったはずだ。
日本の若い世代は、技術面ではすで世界でも高いところにいる。ただ国際経験が足りず、相手の「名前」に遠慮してしまう。
サッカーというのは、心理面が非常に大きな要素を占めるゲームだ。自らの力に自信がもてないチームはそれだけで大きなハンデを負うことになる。
Jリーグの名古屋グランパスと浦和レッズは93、94年に下位に低迷した。だが95年に急速に力をつけ、優勝を争うまでになった。この年に就任したベンゲル、オジェックの両監督が何よりも優先したのが、選手たちを勇気づけ、「自分たちにもできる」と自信をもたせることだった。
若い伸び盛りのチームでは、「自信」のもつ要素がことに大きい。そして彼らは、どの程度力がついたのか、自分自身では正確に知ることはできない。コーチの役割はより重要だ。
日本ユース代表の山本監督は優秀なコーチだ。チームづくりもうまいし、ゲームに対する洞察力も鋭い。しかし今回のユース代表に必要だったのは、何よりも大会準備の段階で選手たちに「自信」を植えつけることではなかったか。
若いチームをコーチする者にとっていちばん大事な仕事とは、何よりも彼らに自分自身の力を信じさせることに違いない。「自分にもできる」と心から思うことによって、選手は初めて成長が可能になるのだ。
(1997年6月30日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。