サッカーの話をしよう
No.199 知識公開でコーチと審判の育成を
先月オープンしたJヴィレッジ(福島県)に、興味深い施設がある。すばらしい状態の芝を敷きつめた10面ものグラウンドばかりに目が行きがちだが、「階段教室」形式で160人を収容する「コンベンションホール」は、別の意味で非常に重要な施設といえる。
すでに、この施設を利用する審判研修会や各種の公認コーチ講習会が多数予定されている。「階段教室」は「平面教室」に比べてはるかに話が聞きやすく集中できる。この施設が日本サッカーの発展に果たす役割は小さくはないはずだ。
報道の対象になることはほとんどないが、サッカー協会は年間を通じて非常に多くの研修会や講習会を開催している。知識や技能をもった人を増やし、同時に交流を通じてレベル向上に努めることは、協会の重要な仕事だからだ。
なかでもコーチと審判の養成は緊急課題だ。少年を中心にサッカー選手数が増大し、試合も増えた。しかしそれを支えるしっかりとしたコーチ、審判員の数は圧倒的に不足している。
だが講習を受けようとしても、すぐに受講できことはまずない。コーチや審判を指導するインストラクターの数もまったく足りず、協会にもこれ以上の講習会を組織するマンパワーや資金はないからだ。
公認コーチは毎年数十人ずつ増えるだけ。審判も、「見習い」に当たる四級は次々と生まれるが、上のクラスへ上がっていこうという意志があっても、指導を受けるチャンスは非常に少ないのが現状だ。
ではどうしたらいいのだろうか。
インストラクターと受講者が対面して指導を受けるのが理想の形であることは間違いない。しかしその機会を十分つくれないなら、「対面教育」だけでなく、「マス教育」も必要なのではないだろうか。
指導内容の教科書をつくり、誰でも簡単に入手することができるようにする。VTRをつくり、販売、あるいは貸し出しによって、たくさんの人が見られる状態にする。あるいは、これから本格的にスタートするデジタル衛星放送の一チャンネルを通じて、「放送受講」を可能にする。
重要なのは、「知識をオープンにする」ことだ。
通信教育と短期間のスクーリングで公認コーチをつくり出すところまでいけばいうことはない。それが不可能でも、指導や練習方法などで悩み続けている全国のコーチたちに、トップクラスの知識を提供することは、少なからぬ効果があるはずだ。審判養成についても同じだ。
1969年にアジア全域を対象としたFIFA(国際サッカー連盟)コーチングスクールが日本で開催された。そしてその講義録を元に、翌年、日本サッカー協会は第1回コーチングスクールを開講した。
その受講者のひとりは、地元に帰ると、高校や中学の指導者だけでなく、少年サッカーなど「素人同然」の指導者たちも集め、「県コーチングスクール」を開いて自分の得た知識を数百人の仲間に広めた。
この人こそ、「清水サッカーの父」といわれる堀田哲爾さんだった。清水や静岡県のサッカーが大きく発展した最大の要因は、堀田さんが知識を自分のものだけにとどめず、広く仲間に伝えたことだったのだ。
堀田さんの時代には「人から人へ」と伝えるしかなかった。しかし現代はいろいろな方法で知識や技能を伝えることができる。
インストラクターや資金の不足を嘆いているばかりでは、問題は解決しない。知識をオープンにすることだけでも、協会の仕事は大きく助けられるはずだ。
(1997年8月8日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。