サッカーの話をしよう
No.205 もっと笑顔の写真を!
内外のいろいろなサッカー雑誌に掲載されている写真を見ると、選手たちの表情には大別して3種類あることに気づく。
ひとつは戦いの表情。口もとを引き締め、厳しい目でボールに集中している。ひとつは歓喜の表情。得点や勝利がもたらす解放感を顔いっぱいに表現する。そして残るひとつがリラックスした試合外の表情だ。
しかしほとんどの試合にあるのに、こうした雑誌には滅多に取り上げられない「もうひとつの表情」がある。それが、対戦チームの選手同士の笑顔だ。
試合前や試合中のほんの一瞬、そしてほとんどの試合後に見られる選手たちの握手と笑顔の交換。だが不思議なことに、サッカー雑誌でこうした瞬間が再現されることは滅多にない。
Jリーグの依頼で「フェアプレー」のパンフレットを制作するために、1万枚を超す写真に目を通したことがある。しかしこうした写真には、ほんの1、2枚しか出合わなかった。
カメラマンが撮らないから雑誌が使えないのか、編集者が無視するからカメラマンが撮影しないのか。おそらく、その両方なのだろう。私も雑誌の編集者だった。偉そうに言える立場ではない。ただ事実として、1冊に数百枚もの写真を載せる雑誌でも、「笑顔」はないのだ。
また古い話を持ち出す。私にとってのワールドカップ70年メキシコ大会は、雑誌とテレビだった。新宿の書店できれいな洋雑誌を見つけたのは、大会が終わって2カ月ほど後だったと思う。英国の新聞社が発行した特集号。とはいってもそのシーズンのいろいろなスポーツが盛り込まれており、ワールドカップは30ページほどだった。
そのわずかなページのなかで最も大きく使われていたのが、ペレ(ブラジル)とボビー・ムーア(イングランド)の写真だった。だがそれは激しい競り合いの場面ではなかった。試合が終わってユニホームを交換しようと歩み寄りながら、笑顔を交わすシーンだったのだ。
「THE WAY IT SHOULD BE」(あるべき姿)。そんなタイトルがつけられていた。試合はブラジルが1−0で勝った。しかしこのシーンには勝者も敗者もなかった。しいていえば、誰もが勝者であることを写真は語っているように思えた。
「フェアプレー」が叫ばれて久しい。しかしそれは単にルールを守ったり、イエローカードを減らすことではないはずだ。
勝負は争っても、選手同士は結局のところいっしょにサッカーで「遊んで」いる。誰もが忘れがちだが、レフェリーたちもその役割を通じてサッカーを楽しんでいる。観客もサポーターも、みんなサッカーを楽しむ仲間なのだ。
「フェアプレー」の基本となるのは、「サッカーを通じてみんなが楽しく」という精神、大きな「仲間意識」であるはずだ。そして「仲間」にいちばんふさわしいのが、笑顔の握手ではないか。
私たちサッカー報道にあたる者の責務のひとつが、ファンや将来を担う少年少女たちに、こうしたメッセージを継続的に伝えていくことにある。
カメラマン諸氏よ、迫力あふれる競り合いや得点シーンだけでなく、試合中の選手のちょっとした優しさや、終了後の美しいシーンにもっともっと気を配ってほしい。そして編集者諸氏よ、カメラマンが切り取ってきたメッセージを読者に的確に伝えてほしい。
1枚の優れた写真は百万の言葉よりも雄弁である。ペレとムーアの笑顔にまさるメッセージはない。
(1997年9月29日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。