サッカーの話をしよう

No.206 報道担当が日本代表を支える

 日本代表にくっついて、カザフスタン、ウズベキタンと、中央アジアの国を動いている。
 旧ソ連のこれらの国がアジアのサッカー仲間になったのは1994年。それ以前には夢にも思わなかったワールドカップ予選での対戦、その場に来ている自分自身を考えると、サッカーの世界の広さと不思議さを思わずにはいられない。
 今回のアウェーゲームで感じるのは、随行する報道陣の多さだ。新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどを合わせると、なんと百数十人もの報道関係者が日本代表を追って動いている。多分、世界でも最大規模の「アーミー」だろう。
 当然、受け入れ側の各国協会は悲鳴を上げる。記者席の用意、通信手段の確保などの仕事が、他の国との対戦とは比較にならない量となるからだ。しかしそれ以上に大変なのが、日本代表のプレスオフィサー(報道担当)だ。

 日本代表のプレスオフィサーは加藤秀樹氏(30)。ファルカン前監督時代以来のベテランだ。
 「プレスオフィサー」というと、思い出すことがある。10年ほど前のブラジル代表チームだ。
 日本のような全国紙がないブラジルでは、代表チームの試合になると全国から数百人の報道関係者が集まる。当時のプレスオフィサーはビエイラという太った男だ。練習会場で、彼は記者の間をとび回って冗談を交わしながら要望を聞き、記者会見をアレンジし司会を務める。ほれぼれするような仕事ぶりだった。
 だが彼の仕事はそれで終わりではなかった。夜、地方から来た報道関係者が集まるホテルを回り、バーに現れては記者の家族の健康を尋ね、取材のうえで何か困ったことはないか聞き、そして声をひそめてちょっとした「極秘情報」をもらしていく。

 「みんなと話すのが、この仕事の楽しみなんだ」
 そう言いながら、彼は報道関係との「信頼関係」を築き、ブラジル代表の活動を陰から支えていたのだ。
 日本代表での加藤氏の苦労は、その「信頼関係」の必要性を周囲に認めさせることから始めなければならなかったことだ。彼は「初代」のプレスオフィサー専門職だったからだ。
 最初はトレーニングウェアを着て練習のボール拾いをし、荷物運びをすることによってチームの一員と認めさせなければならなかった。そして次第にチームの中での信頼が生まれ、それが力となって報道関係からの信頼を得るようになったのだ。
 気難しい監督が、練習後に必ず記者たちと話すようになった。テレビと活字媒体の取材時間を分け、無用な混乱がなくなった。選手がテレビのレポーターに歩きながらぞんざいな口調で話すというみっともないことも、ほとんど消えた。

 それだけではない。最近では、報道関係に都合のいい宿泊先を探し、旅行会社の協力を得てビザや航空便の手配までしている。記者たちは何の苦労もなく未知の国での取材ができる。それは、快適な取材でいい仕事をしてもらおうという考えにほかならない。
 良質の報道は、代表チームの成功のための無視できない要素である。加藤氏らはそれを時間をかけて日本サッカー協会と代表チームに理解させ、チームと報道陣との良好な関係を保ってきた。
 信頼関係を築くには時間がかかる。しかしそれを壊すのは簡単だ。たったひとつの言動ですむ。
 加藤氏と日本協会には、現状に満足せずより良質の報道サービスを望みたい。同時に、私たち報道関係者も、責任ある言動で応えなければならないと思う。

(1997年10月6日)

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