サッカーの話をしよう
No.218 たったいちどのミスに不寛容なFIFAの姿勢
きのうから始まったダイナスティカップで、日本の岡田正義主審をはじめとしたアジアからの「ワールドカップ・レフェリー」が試合をさばいている。
今回のワールドカップには、主審34人、副審33人の合計67人のレフェリーが選ばれた。アジアからも、主審4人、副審5人の計9人がはいっている。レフェリーたちも日本や韓国の代表チームと同様に、このダイナスティカップを「ウォームアップゲーム」にしているのだ。
選ばれた67人は、3月下旬にパリ郊外で開催されるセミナーに参加し、研修を受ける。ここで「フィットネステスト」があり、それをパスすることが条件になってはいるが、前大会のように「候補」という立場ではない。正式に選出されたメンバーである。
だが、2月2日の発表からわずか1週間後には、早くもひとりの「交代」が発表された。マリ共和国のマガッサ主審が外され、代わりに同じアフリカのニジェールからブシャルドー氏が選出されたのだ。
FIFAからは何も理由は発表されていない。しかし2月8日に行われたアフリカ・ネーションズカップの試合で、マガッサ氏が適切な処理をしなかったことが原因と見られている。
当初発表された67人には、「世界のトップ」と思われていたレフェリーの名がない。ハンガリーのシャンドル・プール氏だ。
98年大会の決勝主審であり、96年ヨーロッパ選手権準決勝主審、97年ヨーロッパチャンピオンズリーグ決勝主審。昨年11月29日には、メルボルンで行われたワールドカップ予選の世界の最終戦、オーストラリア対イラン戦で主審を務めている。選手でいえばロナウド(ブラジル)やジダン(フランス)・クラスの、「スーパーレフェリー」なのだ。
年齢も問題はない。42歳。FIFAレフェリーの定年にはまだ3年の時間がある。ではなぜ、プール氏は選ばれなかったのか。
原因は、昨年11月に行われたチャンピオンズリーグの試合にあった。フェイエノールト対マンチェンスター・ユナイテッド戦で、プール主審は即刻退場にすべきフェイエノールト選手の反則を見逃した。これが大問題となり、ヨーロッパサッカー連盟はプール氏を今シーズンいっぱい主催ゲームに使わないという決定を下し、FIFAもそれに従ったのだ。
すなわち、マガッサ氏もプール氏も、たったいちどのミスで「ワールドカップ主審」の名誉を失うことになった。それまでのハイレベルなレフェリングはまったく無視されたのだ。
こうしたFIFAの処置には疑問を感じずにはいられない。伸び伸びと自己を表現し、選手たちと試合を作っていくレフェリングを消すことになるからだ。
もちろん、ミスはなくさなければならない。しかし選手たちのプレーと同様、フェリーにもある程度ミスが予想されているのが、サッカーのルールの「精神」ではないか。誰もがそれを了解したうえで、協力していい試合にしようという努力こそ、重要なのだ。
FIFAは、今回のマガッサ氏、プール氏のような処置を過去に何度もしてきた。その結果、選手を父親のように導き、自らも試合を楽しむような「名レフェリー」には、近年ほとんどお目にかかれなくなった。
ワールドカップの舞台に立つ岡田正義氏は、「自分なりのレフェリングができるよう準備をしたい」と抱負を語っている。すばらしい言葉だ。FIFAの評価にとらわれず、岡田氏自身を表現するワールドカップにしてほしいと思う。
(1998年3月2日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。