サッカーの話をしよう
No.219 案内不足の新スタジアム(横浜国際)
強い風がみぞれまじりの冷たい雨を吹きつける。殺風景な町を人の波が黙々と動いていく。だが、巨大なスタジアムに近づいても、自分の席がどこにあるか見当がつかず、右往左往する人が少なくない。へたをすると、ぐるっと1周、数百メートルも余計に歩かなければならないのだ。
2002年ワールドカップの決勝会場の最有力候補といわれる横浜国際競技場オープンは、さんざんな天候にたたられた。雨と雪が強風に舞い、屋根で覆われているはずの席までぬらして印象を悪くした。
横浜市が600億円を投じて作ったこのスタジアム。フィールドが見にくい1階席の前部、屋根がカバーするスタンドの面積の少なさなど、もし改善するなら巨額が必要になる点もある。だが、このオープンの日に出た不満の多くは、使い慣れていないことが原因のように思う。
ただ、ひとつ、とても気になったことがある。場内の案内図が非常に少なかったことだ。
多くの人が困っていたのは、どういうふうに歩いたら自分の席に行けるのか見当がつかず、競技場にたどり着いてからゲートの数字を頼りに回っていかなければならなかったことだ。
よく見ると、小さな案内図がところどころにある。しかし定員の7万人が押し寄せ、いちどに何百人もがこの図に近寄って見ようとしたら、それこそ「合格発表」のような混乱になってしまうだろう。
世界各国で試合を見てきたが、どのスタジアムに行っても、ほとんど不安はなかった。それは、スタジアムに近づいた場所や入口などに、わかりやすいカラーの案内図が大きく掲げられていたからだ。
そして、その図だけでなく、席割りの表示方法も実にわかりやすい。四方のスタンドにそれぞれ名前が付けられているスタジアムも少なくない。
たとえば、イングランドの有名なオールド・トラフォード・スタジアム(マンチェスター・ユナイテッド・クラブ)は、メインスタンドが「サウススタンド」と味気ないが、バックスタンドは、背後にある道の名前から「ユナイテッド・ロード・スタンド」、両ゴール裏は「スコアボード・エンド」、「ストレットフォード・エンド」と名前がつけられている。ユナイテッドの最も先鋭的なサポーターが「ストレットフォード・エンダーズ」と呼ばれたのは、彼らがいつも陣取ったスタンドからつけられたものだ。
外国のスタジアムを見ていていつも感じるのは、いろいろな点での「親切さ」だ。毎試合応援にくるファンやサポーターには無意味かもしれない。しかし初めてくるファン、慣れないファンには、これがとてもありがたい。そしてその「親切さ」の根本にあるのは、「相手の立場に立って考える」という、ごく当たり前のことなのだ。
想像してみてほしい。このスタジアムに初めて観戦にやってくる人がいる。新横浜はもちろん、横浜も初めてという人だ。もしかすると、日本代表との国際試合の応援のためにきた外国からのお客さまかもしれない。その人になったつもりで、新横浜駅から歩いてみてほしい。スタジアムのゲートの前だけでなく、駅や途中にも、何らかの案内がほしいことは、誰にもわかるはずだ。
案内図だけではない。あらゆる面を、観客をはじめとした「使う側」に立って見直してほしいと思う。
少し「想像力」を働かせてほんの少し手を加えるだけで、この豪華な施設が、温かみがあり、来場者に安心感を与える「名スタジアム」になるはずだ。
(1998年3月16日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。