サッカーの話をしよう
No.226 開幕戦の主審が大会の基準に
ワールドカップの開会式は、オリンピックの開会式のような意義のあるものではない。
オリンピックではすべての出場国のアスリートが集って「平和の祭典」をアピールする。だがワールドカップでは選手はまったく出てこない。開幕戦前に20分間程度のアトラクションが披露されるだけだ。
それが終わると両チームが入場し、通常の国際試合のように試合前のセレモニーが行われた後に開幕戦キックオフとなる。前回優勝国で、今回も優勝候補の筆頭に挙げられるブラジルの第1戦。世界中が注目する試合だが、実際には全部で48試合行われるグループリーグ・ゲームのひとつという重みしかない。
だが6月10日に行われるフランス大会の開幕戦「ブラジル×スコットランド」は、これまでになく重要な意味をもっている。今後のサッカーの方向性を決定する試合と言っても過言ではないだろう。
ことしFIFA(国際サッカー連盟)はひとつの重要なルール改正を決めた。「後方からのタックルは、著しく不正な行為として退場で罰せられる」というものだ。
これまでも、ルールで許される正しいタックルはボールへのものだけだった。ボールといっしょに相手の足までかっさらうようなタックルは、後ろからであろうと前からであろうと反則である。そしてその悪質さの程度によって、警告(イエローカード)の対象になったり、相手を危険にさらすような場合には退場(レッドカード)で罰せられてきた。今回の改正は、そうした判断を1歩進め、とくに背後からの反則タックルに対してとくに厳しく対処しようというものだ。
背後からタックルされるときには、ボールをもっている選手はタックルを予期できず、瞬間的に避けたり逃げたりすることができない。そのため、大きなケガにつながることも少なくない。ボールだけをけり出して相手の足には触れない例外的にフェアなタックルを除き、後方からのタックルは、選手の安全を考えてすべて退場処分にしようというのが、今回の改正だ。
新ルールは7月1日から世界中でいっせいに施行される。しかしワールドカップは6月から7月にまたがっているため、6月10日の開幕戦から新ルールが適用されるのだ。
ところが、実際のところどんなタックルが新ルールの対象になるのか、なかなかはっきりしない。
ワールドカップに参加するレフェリーは3月にフランスで行われたFIFAの「セミナー」に参加し、新ルールについての説明を受けたが、参加者たちは一様に困惑の色を隠せなかったという。FIFAは大会直前にもういちどレフェリーを集めて見解の統一をはかるが、実際には、開幕戦での判定が基準になる。
この試合の重要なポイントがそこにある。
その後の試合では、開幕戦の基準に従った判定がされていくことになる。そして大会後には、ワールドカップでのレフェリングが世界の基準になっていく。ワールドカップ開幕戦のレフェリングが、実際には、これからのサッカーを形作る作業となるのだ。
このように大事な役割には、誰が任命されるのだろうか。もちろん、FIFAが最も信頼する人が選ばれるはずだ。それが誰になるかも、非常に楽しみなところだ。
ロナウド、ジダン、デルピエロ。世界のスーパースターが一同に集うワールドカップ。しかしレフェリーたちも世界のトップクラスが集い、地味ながら重要な仕事をこなしていくのだ。
(1998年5月18日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。