サッカーの話をしよう
No.227 ワールドカップ開幕戦はたいくつ?
2年間にわたって予選を行い、決勝大会の組分けが決まってから7カ月。盛り上げられ、焦らされた果てにやってくるワールドカップ開幕戦。しかし世界中の期待に反し、その試合内容は退屈なことが多い。
ワールドカップで「開幕戦」が特別な試合として行われるようになったのは62年のチリ大会のこと。
それまでの大会では、開幕日に各地でいっせいに試合が行われるという形だった。しかしチリ大会では、地元チリがサンチアゴの国立競技場に満員の観衆を集めてスイスと戦い、3−1の勝利を収めて国民を熱狂させた。
以後70年大会まで開催国が開幕戦に登場したが、66年のイングランド、70年のメキシコはともに0−0の引き分け。開催国のチームにあまりに大きなプレッシャーがかかるのを避けるため、74年大会からは前回優勝チームが開幕戦に登場することになった。
ところが74年西ドイツ大会の開幕戦、ブラジル×ユーゴスラビアはまたも0−0。78年アルゼンチン大会でも、西ドイツがポーランドと無得点で引き分けた。
4大会連続の「開幕戦ノーゴール」に幕を下ろしたのは82年大会。アルゼンチンを1−0で下したベルギーのバンデンベーグのゴールだった。
以後は、86年イタリア1−1ブルガリア、90年アルゼンチン0−1カメルーン、94年ドイツ1−0ボリビアと、毎回得点が記録されている。だがどの試合もワールドカップならではのレベルの高さやスピーディーな展開はほとんど見られず、退屈な内容であることに変わりはなかった。
待ちに待った試合。注目度と期待の大きさは、決勝戦にも匹敵する。ところが選手やチームは、まだ「ワールドカップ・モード」になっていない。開催国のファンの雰囲気などにリズムがなじんでいない。
しかも出場するのは前回優勝チーム。連覇を目指す立場であれば、グループリーグの初戦は絶対に負けてはいけない。もちろん勝つつもりで試合に臨むが、リスクは冒さない。引き分けでもよしとする。
そして対戦チームは、世界が注目するなかで恥はかきたくないから、「ディフェンディング・チャンピオン」に対してしっかりと守りを固めたサッカーをする。必然的に、36年間も2点以上をとったチームが出ていないのだ。
私の体験の中では、「エキサイティングな開幕戦」にはお目にかかったことがない。ただ、いちどだけ、意外な結果にびっくりしたことがある。90年大会でマラドーナを中心とするアルゼンチンがアフリカのカメルーンに0−1で敗れたときだ。しかもカメルーンは最終的には2人が退場になって9人でアルゼンチンの攻撃を退けたのだ。
あと2週間あまりに迫ったフランス大会の開幕。今回はブラジルが24年ぶりに登場する。74年大会のときには、前回優勝の立役者だったペレがすでに引退しており、しかもケガ人続出でチームが整っていなかった。最近アビスパ福岡のヘッドコーチに就任したペトコビッチなどを擁するユーゴに負けなかったのが幸運なほどだった。
しかし今回のブラジルは四年前の優勝時より数段優れた攻撃力を備えている。大会のスーパースター候補の筆頭と誰もが認めるロナウドが加わり、破壊力は抜群だ。スコットランドは当然守勢になるだろうが、元来カウンターを得意とするチームなので、持ち味を発揮するかもしれない。
ワールドカップ開幕戦。何度裏切られても、また期待に胸を高まらせてしまう。まるで、新しい恋が始まるように。
(1998年5月25日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。