サッカーの話をしよう
No.233 中田の移籍 選手はクラブの財産
連日スポーツ紙やニュースをにぎわしているペルージャの中田。日本のサッカー選手がヨーロッパのトップリーグでプレーするのは、94/95年シーズンのカズ以来のことだから、メディアが騒ぐのも無理はない。
私の予定では、ワールドカップ後には中田のほかにも数人の選手がヨーロッパのクラブに移籍するはずだった。そうなればメディアも全員を追いきれず、選手たちは伸び伸びと自分のプレーに集中できるだろう。しかし現在のところ日本代表選手の移籍は中田ひとり。中田が成功し、それに刺激されて他のクラブが日本選手に目を向けるようになることを期待したい。
ところで、気になるのは中田を放出したベルマーレ平塚だ。今シーズンの前半は中田の活躍に引っぱられて上位をキープし、なかなか好調だったベルマーレだが、中田の移籍と負傷者続出が重なり、7月25日再開のJリーグでは5連敗。12位まで落ちて第1ステージを終了した。
そこで、第2ステージの巻き返しのため、植木監督は外国人選手の補強を要請した。契約期間途中の中田の移籍で、クラブにはかなりの資金(2億数千万円と推定されている)ができたのだから、それを生かしてもらおうという話だ。しかしクラブは拒絶した。
Jリーグクラブの例にもれず、ベルマーレも累積赤字に悩まされている。しかも母体企業が不況で苦しい状態にある。クラブ経営者としては、収入があったらまず赤字を埋めようという考えだったのだろう。
だがそれはおかしい。
選手の移籍によって得られた収益は、チームの補強のために「再投資」するのが、ファンをもつクラブの原則的な責任である。中田が抜けても、チームの戦力は落ちないようにしなければならないのだ。
ベルマーレ平塚は、株式会社の形態をとる「私企業」である。しかし今回のクラブのやり方は、本当にただの「企業」にしか見えない。赤字続きだった企業が、突然大きな商売が当たった。しかし経営者は、赤字補填にしか考えが回らない。
普通の会社ならそれでもいい。しかしベルマーレは普通の会社ではない。Jリーグ所属のサッカークラブなのだ。
平塚市が多額をつぎ込んで改装した平塚競技場をホームスタジアムとして無条件に使い、平塚市を中心とした湘南地域のファンが入場券を買って支えているのが、ベルマーレである。断じて一介の「私企業」ではない。なかば公的な責任をもった存在なのだ。それを忘れてもらっては困る。
第一に、中田を移籍させることに関して、ファンは意見を言う権利がある。ファンの声を無視して移籍はできない。
第二に、中田のためを考えてファンが移籍に理解を示したとしても、移籍で得られた資金はチーム強化に使われるべきだ。ファンの期待はベルマーレが優勝すること。その努力をしていることを示さなければ、ファンは納得しない。
選手はクラブの「資産」のようなものだ。しかし同時に、ファンあってのクラブであれば、ベルマーレ平塚という一企業ではなく、正確にいえば地域の人々やファンを含めた「クラブ」全体の財産なのだ。
中田の移籍で得られた資金をクラブ発展のためにどう使うのか。少なくとも、経営者は地域のファンに向き合い、しっかりと説明しなければならない。
クラブが自らの存在の本質を忘れ、公的な責任を忘れ、ファンの存在を忘れれば、クラブはやがて地域の人々に見放される。そうなってからでは遅いのだ。
(1998年8月19日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。