サッカーの話をしよう
No.240 ヘディングの秘密
ドイツ代表の新キャプテン、オリバー・ビアホフは身長191センチ。その長身を生かしてヘディングでゴールを量産する。
ドイツ代表は伝統的に大型のFWを配置して「ターゲット」にしてきた。80年代には、ホルスト・ルベッシュ、ディーター・ヘーネスなどの長身選手が活躍した。しかしドイツ・サッカー史上最高の「ヘディングの名手」といえば、50年代から70年代にかけて活躍したFWウーベ・ゼーラーにとどめを刺す。
西ドイツ代表72試合で43ゴールを記録。なかでもヘディングシュートは、「芸術」のレベルにまで達していた。
驚くべきは、ゼーラーが身長わずか170センチしかなかったことだ。しかし大きなDFを相手に一歩もひるまず、あるときには豪快な、そしてあるときには絶妙のヘディングシュートを決めてみせた。
生まれつきの「バネ」もあっただろう。ジャンプのタイミングなど競り合いの技術も非常に高かった。もちろん努力も人並みではなかった。所属クラブの練習場の芝は、彼がヘディングシュートの練習で走るコースだけはげていたという。
しかし彼をヘディングの名手にした秘密は、何よりもボールの落下地点を見極める能力にあった。長いパスがどこに落下するか、彼は誰よりも先に察知し、いち早くその場所に動いた。飽きることなく続けられたヘディングシュートの練習は、センタリングの落下点を見極めるトレーニングでもあったのだ。
「空中戦」、ヘディングの競り合いは、サッカーで最もスリリングなシーンのひとつだ。高いボールに両チームの選手がジャンプする。一瞬時間が止まったように見えた後、競り合いに勝った選手が全身の力を集中させて頭でボールを叩く。ボールは彼の意志が乗り移ったように飛ぶ。
こうした競り合いで反則があったときの判定は、なかなか難しい。たとえば一方が相手の体の下にはいり、一方が相手の上にのしかかるようにヘディングしたとしよう。どちらが反則なのか。試合を見ていると、下になったほうを反則にする場合と、のしかかった選手を罰する場合がある。
ポイントは、ゼーラーのヘディングの「秘密」にある。そう、ボールの落下地点を占めることだ。
ボールの落下地点を占めている選手は、ジャンプしなくても反則にはならない。逆に相手にポジションを占められたためにその上でヘディングしようとすると、相手にのしかかる形となり、反則だ。
しかし相手にポジションを占められた選手が相手のヘディングを妨害しようと下にもぐり込めば、それも反則となる。
その瞬間だけ見ればまったく同じような形のプレーだが、上の人が反則になることもあれば、下の選手のファウルをとられる場合もある。判定の基準は、どちらが落下地点にポジションをとっていたかなのだ。
ボールが高く上がったときに、レフェリーが目でボールを追ってはならない理由のひとつがそこにある。ボールを追わず、できるだけ早くその落下地点を見なければ、正しい判定を下すことはできない。
非常に重要な技術であるにもかかわらず、ヘディングの能力は個人差が非常に大きい。苦手な選手は最初からあきらめてしまい、練習をしないので、さらに競り合いに弱くなる。
ヘディングは何よりもボールの落下地点の見極めであり、身長やジャンプ力はその次であることをもう少し「宣伝」する必要があるように思う。それによって、日本サッカーのヘディング能力が向上するはずだ。
(1998年10月14日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。