サッカーの話をしよう
No.241 戦術をも変えた新しいボール
名良橋から相馬、相馬から名良橋へと大きなパスが何本も通る。鹿島アントラーズは前半のなかばにマジーニョが退場になったが、相手よりひとり少ないことなど忘れさせるプレーで横浜マリノスと渡り合い、逆転勝利を収めた。
10月17日のJリーグ第2ステージ第11節のアントラーズ対マリノス戦は、見応えのある試合だった。厳しいプレスディフェンスをベースにしたプレーで攻めたてるマリノス。アントラーズはクロスのロングパスを多用してそのプレスをうまく避けた。
狭い地域でのプレーになったら、人数の少ないチームは不利だ。しかし人数をかけた相手の包囲網を破って逆サイドに展開できれば、そこでは十分に勝負ができる。両サイドバックの名良橋と相馬間のパスが、この日のアントラーズの生命線だったのだ。
正確なロングパス。フィールドを横切る50メートルを超すパス。ことしにはいってから、Jリーグではそうしたプレーが目立つようになった。こうしたプレーの戦術的な価値に気づいた選手たちが、忘れがちだった「キック」の練習やロングキックを生む筋力アップに努めた結果にほかならない。
しかしもうひとつ見逃すことのできない要素がある。ボールの違いだ。
今季のJリーグでは、ワールドカップ使用球と同じものが使われている。ワールドカップのオフィシャルスポンサーでもあるアディダス社が新しく開発したボールだ。キックの感触などがこれまでのボールとは違うので、慣れてもらおうと、ことしはじめから世界に供給された。それをJリーグでも全面的に採用した。
メーカーの説明では、特殊構造をもつフォームでボール全体を包んでいるという。「リバウンドのエネルギーを増大させ」、「偶然性が排除され、ボールはプレーヤーの意志とテクニックに忠実に飛ぶ」。大げさな広告と思ったが、自分自身でけってみて驚いた。
足の力がストレートにボールに伝わる。ボールはまっすぐ、力強く飛ぶ。ボールから返ってくる感覚がこれまでのものとはまったく違う。30年間以上ボールをけってきたが、初めて得た、「快感」といっていい感触。10歳も若くなったような気がしたほどだ。
私のような衰えた足にさえそうなのだから、Jリーグの選手たちがこのボールの登場で自分自身のキックを見直すことになったのではないかという想像は容易につく。それが今季の「ロングパスの多用と精度向上」に結びついているのは間違いない。
サッカーほどシンプルなゲームはない。用具といえば、シャツ、パンツ、ストッキングからなる「ウエア」と、底にスパイクのついたシューズ、安全のためのスネ当て、そして1個のボールだけ。デザインは毎年変わっても、ゲームの質を変えるほど機能に大差があるわけではなかった。だが今度の新ボールは、確実にプレーを変え始めている。
正確なロングキックができることによって、選手たちの意識はそのキックの先に広がる。視野が広くなり、ゲームはよりダイナミックになる。
そして何より重要なのは、こうしたボールが、ワールドカップで使われるだけではなく、少し高価ではあるが、誰にも手にはいり、使うことができるという点だ。ルールが少年サッカーからワールドカップまで同じなように、サッカーという競技は非常に公平につくられているのだ。
チャンスがあったら、このボールをいちどけってみてほしい。きっと、サッカーの新たな楽しさが発見できるはずだ。
(1998年10月21日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。