サッカーの話をしよう
No.243 理念を忘れた横浜2クラブの合併劇
マリノスとフリューゲルス、横浜の両クラブの合併が発表された。
フリューゲルスへの共同出資企業である佐藤工業の撤退決定で苦しくなった全日空が、同様にマリノスへの単独での資金提供を負担に感じ始めていた日産自動車と、両クラブの合併を決めてしまったのだ。
不況で企業のスリム化が必要なことは事実だろう。地震被害を理由にJリーグクラブへの資本参加の約束を反故(ほご)にする一方で、プロ野球球団に大金を投入した関西の大手流通企業とはわけが違う。
しかしJリーグに参加したのは、地域に根ざしたクラブづくりを通じて日本の社会に貢献するという理念(目指す方向性)に賛同したからに違いない。最終的に合併するにしても、もっと違うプロセスがあったはずだ。理念を忘れ、ファンや市民をないがしろにして無責任にも単なる子会社の整理のように合併決定をしたところが大失敗だった。
もうひとつの問題はもちろんクラブ自身だ。両クラブは「親会社の決定で仕方がない」と責任を転嫁する。しかし地域に根ざしたクラブとなるために、これまで何をしてきたのか。
95年以来、Jリーグの川淵三郎チェアマンはことあるごとに「理念を具体的な形で実現する」ことを説いてきた。「スポーツを通じて地域の生活を豊かにする」ための具体的な取り組みを各クラブに求めた。
マリノスは、日本リーグの日産自動車時代から少年サッカースクールやユース育成活動に真剣に取り組んできた。その成果は、自クラブでの選手育成にとどまらず、神奈川県内のサッカーの発展に大きく寄与した。しかし地域との結びつきはそれだけだった。
「地域に根ざす」とは何なのか。簡単に言うことはできない。それぞれの地域には、それぞれのクラブのあり方があるからだ。ただし、地域の人びとがクラブを「自分たちのもの」と思える存在になることは、不可欠な第一歩である。横浜の2クラブはそうなることができなかった。しかしその一方で、鹿島アントラーズ、浦和レッズというふたつのクラブがJリーグが始まってわずか数シーズンのうちに地域の生活の重要な一部となっていることを忘れてはならない。
アントラーズとレッズは地域とあまりに強く結びついているため、出資企業はこんな無責任なことはできない。資金提供が困難なほどの苦境に立っても、責任ある態度でクラブをどうするかを考えるはずだ。
「鹿島はまとまりやすい。浦和はサッカーが盛んだった。横浜のような大都市では、地域との密着は難しい」とは言い訳にすぎない。鹿島や浦和にも悪条件はたくさんあった。それを克服したのは、間違いなく両クラブの努力だ。地域に根ざすことをまじめに考え、取り組んできた結果だ。
合併を発表する記者会見で、両クラブの代表は「地域に密着した新クラブをつくる」と繰り返し語った。しかしお題目を唱えるだけでは意味はない。強いチームをつくればいい、優勝すればファンはついてくるという考えでは、いつまでたってもクラブは地域の人びとのものにはなれない。
クラブ財政の自立が何より急務だと、川淵チェアマンは強調する。しかし収入を増やし、支出を減らして財政を健全化し、出資企業からの援助を適正なレベルに落とすだけでは、道はまだ半ばでしかない。本当に地域に根ざしたクラブ、地域の人びとが心から「自分たちのクラブ」と感じられるようにするための努力を、方向性を間違わずに続けることこそ、クラブ存続の最大の「保険」であることを、Jリーグの全クラブは肝に銘じるべきだ。
(1998年11月4日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。