サッカーの話をしよう
No.250 選手と審判 交流の場を
中米のサッカー大国メキシコで興味深い実験が検討されている。主審に小さなマイクを着けさせ、試合中の言葉を録音しようというのだ。
通常、「マイクレフェリー」は、主審と副審のコミュニケーションを良くすることを目的に議論される。昨年のワールドカップでは、副審の持つ旗に発信器を仕込み、スイッチを押すと主審の腕に巻いたバンドが振動して注意を喚起する「シグナルビップ」が使用された。これによって、副審が旗を上げているのに主審が気づかないトラブルがなくなり、ゲームコントロールは大幅に改善された。
しかし今回のメキシコの「マイクレフェリー」はまったく趣旨が違う。主審が選手に向かって侮辱するような言葉を使っていないかチェックするためのマイクなのだ。
ことの起こりはシーズン前のある会議だった。各クラブのキャプテンと審判協会の意見交換会だった。モンテレイ・クラブのモハメド主将が、「試合中、主審が選手に侮辱的な言葉を使うのをなんとかしてほしい」と要望を出した。
「それなら、本当にそんな言葉を使っているのかどうか、チェックしよう」と、審判側も受けて立った。その結果、主審がマイクを着けることで合意したのだ。
審判協会委員長は日本でもおなじみのアルチュンディア氏。96年にJリーグで活躍し、同じ年のアトランタオリンピックでは日本×ブラジル戦の主審を務めた人だ。彼は、「主審が実際にどんな言葉を使っているのかは、私たちにも興味のあるところ」と語る。
しかし、公式戦で「マイクレフェリー」を実現させるためには、FIFA(国際サッカー連盟)の許可を得なければならない。昨年、Jリーグではナビスコ杯で主審にマイクを着けさせてその声をテレビ放送に流す実験をした。視聴者へのサービスだったが、最終的にFIFAの許可は出なかった。今回のメキシコのケースは狙いがまったく違う。FIFAがどのような結論を出すか、興味深い。
さて、この話で感心したのは、「選手と審判の意見交換の場」を設けているという点だ。
良い試合をするためには、選手と審判が相互に信頼し合い、協力し合わなければならない。しかし実際には、互いに不信感でいっぱいというのが、現在のサッカーの実状だ。
「どこに目をつけているんだ」と、選手たちは審判のミスをなじる。審判は、内心、選手たちを救いようのないならず者だと思っている。こんな状況では、信頼関係など生まれるはずがない。良い試合が実現しないのは当然だ。
短いオフもあっという間に終わり、Jリーグでも新しいシーズンへの準備が始まろうとしている。この期間、選手たちはキャンプにはいり、審判たちも研修会を通じて能力を高めようと努力を払う。
しかし、現在の日本では、選手と審判の交流の機会は驚くほど少ない。プロである選手と、サッカーのほかに「職業」をもつ審判は、スタジアムに到着するまではまったく「別世界」の人であるからだ。このままでは、互いを知り合う機会さえ生まれない。
選手と審判が腹を割って本音を語り、対等の立場で交流する機会をつくることはできないだろうか。各クラブのキャプテンと今季のJリーグを担当する主審たちが1時間の意見交換会を行い、その後にお茶でも飲みながら1時間の交歓会をするのはどうだろうか。
信頼関係の第一歩は互いを知ること。顔見知りになるだけでも、試合はずいぶん違ったものになるはずだ。
(1999年1月20日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。