サッカーの話をしよう
No.251 本当の「FIFAフェアプレー賞」
先週、FIFA(国際サッカー連盟)から98年のフェアプレー賞受賞者が発表された。イランとアメリカ、そして北アイルランド・サッカー協会だった。
地理的には「イギリス」の一部で、FIFAには独立の協会として加盟している北アイルランド。この地域の最大の社会問題であるカトリック対プロテスタントの宗教対決を緩和するために、サッカー協会がしてきた長年の努力が、FIFAに高く評価された。
一方、イランとアメリカは、ワールドカップ・フランス大会の出場チーム。ちょうど「FIFAフェアプレーデー」の日に対戦し、試合前に両チームそろって記念撮影に収まり、選手たちは花束とプレゼントを交換し合った。FIFAの推進するフェアプレー・キャンペーンへの大きな貢献が、受賞の理由だった。
FIFAのフェアプレー賞は、ポイント制ではなく、主観で選ばれている。イエローカードを受けたことのなかったリネカー、自分のハンドを認めて相手にPKを与えたオルデネビッツなどの選手のほかにも、スコットランドのクラブのファンや、トリニダードトバゴの国民に贈られたこともある。人々に感銘を与える行為一般を、広く対象にしてきたのだ。
しかしイランとアメリカの受賞には、割り切れないものを感じる。国交を断絶している両国がワールドカップで対戦することになったのは偶然だが、対戦が決まった後に、FIFAはその6月21日を「フェアプレーデー」と指定した。「ワールドカップは平和のイベント」と、ことさらにアピールするためだ。
私はリヨンでこの試合を見たが、両チームが特別に立派だったわけではない。FIFAのイベント計画に素直に従って試合前のセレモニーをしただけのことだ。両国代表チームの受賞にケチをつけるつもりはない。しかしこれではまるでFIFAの「お手盛り」だ。
そこにあるのは、フェアプレーのメッセージではない。日ごとに「政治家」の本性を露わにするブラッター会長のスタンドプレーばかりが目に付く。
実は、今回のフェアプレー賞には、日本のファン・サポーターが有力な候補に上がっていた。
初めてのワールドカップ出場。旅行会社が大がかりな詐欺に合い、入場券をもたないまま大量のファンがフランスに渡った。
試合の開催都市まで行き、スタジアムをはるかかなたにながめながら、それ以上は近づけなかったサポーターたち。しかし悲劇的な状況のなかで、日本のファンは自制心を保ち、現地でトラブルを起こした人はひとりもいなかった。
そして、幸運にもスタジアムにはいったサポーターたちは、仲間の分まで、心から日本を応援し、心からワールドカップを楽しんだ。試合後にゴミを拾ってスタジアムを去る姿は、世界に驚きと感銘を与えた。
AFC(アジアサッカー連盟)のベラパン事務総長が、今回のフェアプレー賞に日本を強力に推薦してくれたという。だがそれを認めれば、FIFAは自らの大失態であるフランス大会の入場券問題をまた思い起こさせることになる。「大成功」と自画自賛した大会の年のフェアプレー賞として、FIFAにとって、これほど「ふさわしくない」ものはなかったのだ。
しかし私は、このときの日本のファン・サポーターの態度を何よりも誇りに思う。そして同時に、けっして忘れてはいけないことだと考える。
2002年に、世界のどの国のファン・サポーターにも、二度とこんな思いをさせないために。
(1999年1月27日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。