サッカーの話をしよう
No.261 アムステルダム・アリーナ 都市計画の中の競技場
ワールドユースの取材でナイジェリアに向かう途中、オランダのアムステルダムで1泊することになり、「アレーナ」を訪れた。
オランダが誇るアヤックス・アムステルダムのホームスタジアム。悪天候のときには完全に閉まる開閉式の屋根をもつ収容6万人の最新の施設だ。
浦和レッズの岡野雅行選手がトップ契約を目指してトレーニングに励んでいるアヤックスは、1894年創設、1970年代にヨハン・クライフという天才を擁してヨーロッパ・チャンピオンズ・カップで3連覇を果たし、95年にも4回目の優勝を飾った世界の強豪だ。
しかしホームスタジアムは収容2万余りと小さく、ビッグゲームには4万人規模のオリンピックスタジアムを使用してきたが、なにしろ1928年オリンピック大会のためにつくられたもので、老朽化が激しかった。アヤックスをあらゆる面で世界のトップクラブに仲間入りさせようというのが、「夢のスタジアム」の計画だった。
しかしアムステルダム市は、ただ「ヨーロッパ一のスタジアム」の建設を考えたのではなかった。いくつものアイデアのなかから91年にロブ・シュールマンの計画案に決定したとき、建築家とアムステルダム市には、新スタジアムを核とする新しい都市計画像が明確にできあがっていたのだ。
アムステルダム市の南の郊外に置かれた新スタジアム。大きくスライドする屋根にばかり目が行きがちだが、最大の特長は「足もと」にある。実は、スタジアムを東西に串刺しするように、下に高速道路の引き込み線が入れられているのだ。
世界の大都市の例にもれず、アムステルダムも市内は慢性的な交通渋滞。その一因が郊外から都心に通う通勤の自家用車との判断から、新スタジアムに「自家用車ターミナル」の役割を負わせることにしたのだ。
スタジアムの広大な駐車場はウィークデーはほとんど空車状態だ。そこで、郊外からの通勤者の車をここに集め、都心には乗り入れさせないようにする。通勤者は、スタジアムのすぐ側につくられた駅で地下鉄に乗り、わずか15分ほどで都心のオフィスに到着するのだ。
96年8月に完成し、市内の新名所となったアレーナ。最初は芝の育成失敗で不評を買ったが、現在では問題も解決した。アレーナ人気も手伝って、アヤックスのホームゲームはすべて完売状態が続いているという。
そしていま、スタジアムの周辺では、劇場、ホテル、巨大ショッピングモールなどの建設が急ピッチで進んでいる。アレーナを中心とした「新都心づくり」が本格的に始まったのだ。
アレーナの運営主体はアムステルダム市と民間で構成する第三セクター。アヤックスは「間借り人」にすぎない。しかし外周の四隅に巨大なクラブマークを掲げ、スタジアム内には、百年を超す栄光の歴史をまとめた「アヤックス・ミュージアム」、クラブショップなどが堂々と置かれている。アヤックスが都市のシンボルであり、地域社会の重要な要素であることが無言のうちに認められているのだ。
日本でも、現在、2002年ワールドカップを目指して巨大スタジアムの建設が各地で進んでいる。しかし大半はスタジアムをつくることしか考えられていない。その後に使用するJリーグクラブの都合はもちろん、ひどいところでは数万の観客を運ぶ交通計画さえあやふやだ。
スタジアムだけが単独に建設される日本。都市計画地域社会づくりのなかにスタジアムが位置づけられて組み込まれるアムステルダム。市民にとって、そしてスタジアム自体にとって、どちらが幸せなことなのか、議論の余地はない。
(1999年4月7日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。