サッカーの話をしよう
No.265 2002年アジア交流の「思想」を
「なるほどな...」と、思わずうなってしまった。
先月発表された2006年ワールドカップのイングランド招致委員会による「少年少女招待プログラム」だ。
計画によれば、イングランドで大会が開催されることになったら、FIFA(国際サッカー連盟)傘下の全サッカー協会からそれぞれ12人の少年少女を大会に招待するという。
招待された子どもたちは2週間イングランドに滞在し、少なくとも2試合のワールドカップ観戦が組まれる。同時に、政府が全面協力し、イングランド各地にホームステイして地域の学校に通い、各種の文化交流プログラムに参加する。費用は全額主催者もち。総額7億7500万円のプロジェクトだ。
FIFAには現在203協会が加盟しており、その数は今後数年のうちにさらに増加することが予想される。総勢2500人近くの少年少女の招待は、「スポーツ界では人類史上最大の文化交流」と、アレック・マクギバン招致委員長も胸を張る。
感心したことのひとつは、アイデアひとつで、ほとんど費用をかけずにインパクトのある招致活動をしていることだ。招致が不成功に終わった場合には、まったく費用はかからない。しかしそれ以上に、アイデアの底にある「思想」の美しさに感嘆の念を抱かずにいられない。
招致活動の中心的なスポークスマンであるサー・ボビー・チャールトン(66年大会優勝のヒーローのひとり)は、その「思想」をこう説明する。
「私たちの願いは、大会のインパクトを、32の出場国や2006年という一時期をはるかに超えたものにしたいということです。少年少女は、サッカーの未来そのものです。彼らは明日の選手であり、コーチ、サポーター、役員なのです」
2002年の招致に取り組んでいたとき、私たちにはこうした「思想」はなかったように思う。私自身も、「21世紀のテクノロジーを表現するものにしなければならない」程度の考えしかなかった。あのとき私たちの誰かにこんな卓抜したアイデアがあればと、悔やまずにいられない。
しかし改めるに遅すぎることはない。そしてまた、いいことを真似するのに恥じることはない。イングランドの「少年少女招待プログラム」の「2002年版」を、ぜひとも日韓両国の組織委員会に実現してもらいたいと思うのだ。
世界中からでなくていい。たとえばAFC(アジアサッカー連盟)傘下の42協会から10人ずつ、合計420人を招待し、日韓両国にそれぞれ1週間ずつの滞在でワールドカップを楽しみながら両国を知ってもらうという事業はどうだろう。「アジアで初めてのワールドカップ」という2002年大会のテーマのひとつにも、ぴったりのプログラムではないだろうか。
ワールドカップの準備は非常に多岐にわたっており、着実に積み重ねていかなければならないのはわかる。しかしそれにしても、現在の大会準備活動からは、「人類最大の祭典」を迎えるという浮き浮きとしたものは感じられない。あまりに「お役所的」で、夢のある「思想」が感じられないのだ。
招致活動中には少年少女からたくさんの募金を集め、彼らのサッカー協会登録費にも招致協力金を上乗せして集めるなどした。しかしワールドカップには「小学生券」はなく、このままでは、少年少女は大会のアトラクションに動員されるだけで、大会自体は大人しか見られないものになる恐れさえある。
新しい世紀を担う日本とアジアの少年少女がワールドカップを通じて交流し、大会をアジアの将来につなげることは、意味のないことではないと思う。
(1999年5月12日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。