サッカーの話をしよう
No.268 中田英寿 戦いぬいた「1シーズン」の重み
中田英寿の「1シーズン」が終わった。
昨年九月から先月の23日まで続いたイタリア・リーグ。中田はペルージャの「セリエA」の座確保に大きく貢献した。
開幕戦で王者ユベントス相手に2ゴールを奪った。ホームスタジアムで次つぎとゴールを決め、強豪を倒した。地元メディアからも高い評価を受けた。しかし私は、何よりも、彼が見事に「1シーズン」を戦い抜いたことに感心する。
約8カ月にわたってノンストップで続くセリエA。中田は、その全34試合のうち33試合にフル出場。欠場したのは、昨年10月、大阪でのエジプト戦に強行日程で出場し、イタリアに戻った直後の1試合だけだった。出場停止もなかった。
10ゴールを挙げたことよりも、大きなケガや体調不良もなく、毎週毎週90分間のプレーを積み重ね、約3000分間にわたって一歩も引かない戦いを持続したことに、私は感嘆する。
いいことばかりではなかった。チームはアウェーで負け続け、シーズン途中に監督が交代。中田自身も、終盤には疲労の色が濃く、タックルにさらされ続けた両足が「休んでくれよ」と叫んでいるようにさえ見えた。
それだけに、最後の力を振り絞ってアウェーでウディネーゼに勝った試合は感動的だった。中田の技術の高さ、身体的な強さ、視野の広さ、そして類まれなパスのセンスが余すところなく発揮され、ペルージャに2ゴールをもたらしたのだ。
8カ月間にわたる戦いの末に私たちが見たのは、あらゆる面で大きく成長した中田だった。そしてこれこそ、「リーグ戦」のもつ最大の力なのだ。
Jリーグでは、相も変わらず「2ステージ制」が行われている。わずか2カ月半、15試合で優勝が決まるシステム。「勢い」がつかなかったチームは早ばやと「消化試合モード」に切り替わり、第1ステージが終われば、すべてが「リセット」され、再スタートできる。
あまりに見事な「反リーグ戦的」なシステムではないか。8カ月間もの緊張の持続を求められるセリエAと比べると、なんとチームや選手を甘やかしていることか。甘やかせば、当然、選手がリーグ戦から得られる経験、そして成長は小さくなる。
アジアでは年間の国際試合や大会の「カレンダー」が確立されておらず、代表の日程が不確実なため、8カ月間も継続するリーグ戦を組むのが難しいという現状はある。しかし少なくとも、「1ステージ制」にして30試合を戦った後に優勝が決まるシステムにすべきだ。
先週、クアラルンプールで思いがけなく中田に会った。そこで興味深い話を聞いた。最終戦の後半開始直前に、ペルージャのサポーターが発煙筒を大量に投げ込み、その処理に時間がかかった事件だ。テレビの解説者は「相手GKにプレッシャーをかけるため」と話していた。
「そうじゃないんです。後半のキックオフを遅れさせるためだったんですよ」
同じ時刻開始の他会場の試合結果が、ペルージャのセリエA残留に影響する。相手の試合が5分間でも先に終われば、当然有利だ。サポーターは、チームに協力しようと、後半開始の「妨害工作」をしたというのだ。
どんな理由であろうと、ピッチに発煙筒を投げ込む行為が許されるものではない。国際サッカー連盟のたびたびの警告にもかかわらず発煙筒使用がなくならないイタリアの安全対策には大きな疑問がある。
だがこのエピソードは、サッカーに対するイタリアの人びとの激しい気持ちを端的に表現している。厳しい目にさらされるリーグで、中田は「1シーズン」を戦い抜いた。その経験は、計り知れない価値がある。
(1999年6月2日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。