サッカーの話をしよう
No.269 対戦国の国歌に敬意を
国旗・国歌の法制化は先送りされた。しかし6日の日曜日、横浜国際競技場では日の丸が乱立し、君が代の大合唱が起こった。サッカーファンにはもう見慣れたものになった国際試合前のセレモニーだ。
サッカーの代表チーム同士の国際試合では、試合前に両国の国歌を吹奏あるいは斉唱する慣例になっている。クラブチームの国際試合では行わないが、「代表」と名がつけば、ユースでも女子でも、このセレモニーが行われる。
そして近年、日本のサポーターたちは、試合前に声を合わせて君が代を歌うようになった。6日のキリンカップ、日本×ペルー戦でも、女性歌手の独唱に合わせて、6万人を超すサポーターが君が代を歌った。
彼らの大半は、国旗・国歌問題に強い関心があるわけではないと思う。世界中のどこのサポーターもしていることだから、「サポート活動」の一環として当然のこととして自然に歌っているだけなのだ。
相手チームの国歌のときにも、日本のファンは「世界の常識」で行動することができる。起立し、相手国の国旗を尊重して日の丸は下げ、国歌が終わると盛大な拍手を送る。
キリンカップのような親善大会だけではない。何が何でも勝ってほしいと日本中が祈ったワールドカップ予選でも、日本のファンは韓国やイランの国歌に敬意を表し、拍手を惜しまなかった。日本のサッカー場でも、国際試合の「マナー」が根づき始めている。
しかしまだまだ改善を要する点がある。以前から気になっていたことを、ここでひとつ指摘したいと思う。細かなことに聞こえるかもしれない。しかし3年後に迫ったワールドカップで世界中のサッカーファンに楽しい思いをしてもらうために、是非とも必要だと思うのだ。
国歌のときに動いている人が多すぎるという点だ。
場内アナウンスにうながされるまでもなく、国歌になるとスタンドの大半が起立する。しかしそのなかで、ゲートから自分の席へ向かって移動を続ける人のなんと多いことか。そしてピッチの周辺でも、国歌の最中というのに、忙しそうに、そして無神経に動いている人がなんと目立つことか。
国歌演奏の間の選手たちのすばらしい表情をとらえ、ファンに伝えるのが仕事のカメラマンたちは仕方がない。しかしそれ以外の人は、どんな仕事をもっていようと、その場に直立しなければならない。
そしてスタンドのファンも、自分の席にたどり着いていないときには、ゲートや通路や階段などそのときにいる場所でピッチに向かって直立し、国歌が終わるまでその場で待たなければならない。それが、他の国の国歌に対する礼儀正しい態度だと私は思う。
考えてみてほしい。自分たちが非常に大事にしているもの、人によっては神聖とさえ思っているものを、他人が軽視し、無視するような態度をとったら、どんな気持ちがするだろうか。逆に、しっかりと敬意を表してくれたら、どれほど気持ちのいいものか。
相手国の国歌のときには、スタジアムは水を打ったように静まり返るようにしよう。そして、演奏が終わったら、スタジアムにいる全員が惜しむことなく拍手を送ろう。さらにそれを、東京や横浜だけでなく、ワールドカップの行われる全会場都市に広め、徹底しよう。
こんな雰囲気になったら、選手たちの闘志はいやでも燃え上がる。スタンドにいる側の気持ちも高揚する。そして日常から離れた「特別な試合」が生まれる。2002年のワールドカップを、そんな素晴らしい雰囲気のなかで見たいと思うのだ。
(1999年6月9日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。