サッカーの話をしよう
No.278 景観となったゴール
「サッカーのゴールラインとトイレットペーパー、どちらの幅が広いと思いますか」
先日、「四級審判員」資格の取得講習会に出た。そこで講師から出された質問である。
日本の審判員資格には原則として1級から4級の4つのカテゴリーがあり、4級はいわば「見習い審判員」。資格を取ってから最少15試合をこなして昇級受験資格ができ、3級になってやっと都道府県単位の公式戦の主審ができるようになる。
チームの監督という立場にいると、なかなか受験資格を満たす試合数を消化できない。4級資格の更新はできないから、資格期限が過ぎるとまた取得講習会に参加しなければならない。
テレビやスタンドからは細い線に見えるかもしれないが、実はゴールラインは通常12センチの幅で引かれている。
ルール第1条には、「すべてのラインの幅は12センチを超えてはならない」と規定されている。5センチでもいいわけだ。ではなぜ12センチになっているのか。それは、「ゴールラインの幅はゴールポストおよびクロスバーの幅と同じである」と定められているからだ。
ゴールに関する規定によると、ゴールとは2本の「ポスト」と、その頂点を結ぶ水平な「クロスバー」からなっており、両方の幅と厚さは等しく、ともに「12センチを超えてはならない」。この規定に沿って、メーカーはきっちり12センチの厚さをもつゴールをつくる。その結果、ゴールラインも12センチということになるのだ。
ついでに、ゴールに関するその他の規定を見ると、幅(両ポストの内側を結んだ距離)は7.32メートル、高さ(クロスバーの下端から地面まで)は2.44メートル。縦横の比率はちょうど3対1だ。また、色も、「白色でならなければならない」と明記されている。
話は1冊の本に飛ぶ。
イギリスのペンギンブックス社刊「ポスト」。南アフリカ生まれの写真家ネビル・ガビーが世界各地で撮影したサッカーのゴールポストの写真集である。
といっても、公式戦の行われるスタジアムのゴールではない。チュニジアの砂漠のなか、ラトビアの雪原、パラグアイの農場の片隅、ポーランド、フランス、イングランド。草サッカーや少年たちの遊びのためのグラウンドのゴール。大半は手作りだ。
シュートを打つプレーヤー、それを防ぐゴールキーパーの姿など一切ない。ただ、さまざまなグラウンドに立つ、さまざまなゴールの姿が、坦々ととらえられている。
その多彩さは驚くばかり。ルールに何が書いてあるかなど、気にもかけられていないのだろう。「3対1」の比率などおかまいなし。とにかく手近の材料でつくるのだから、幅や厚さもまちまち。色も、白どころか、黄色、赤と白の縞模様、木や竹そのものの色など、多種多様だ。
ボツワナのからからに渇いた大地に立つゴールは、枝を切り取った2本の木の2股にもう1本の枝を渡しただけのもの。シュートが当たったら、バーは簡単に吹き飛ぶだろう。
立ってさえいないものもある。アスファルト舗装されたイングランドの駐車場には、レンガ壁に白いペンキでゴールが手書きされている。
ページを追っていくと、それぞれのゴールが見事に「景観」の一部になり、その土地に住む人びとの生活ぶりをあまりに的確に表現しているのに驚く。そして、サッカーが世界中にくまなく広がっていることが、あらためて認識させられるのだ。
ところで、冒頭の質問の正解は、「ゴールライン」。トイレットペーパーの幅はJIS規格で11.5センチ。ラインのほうが5ミリ広いことになる。
(1999年8月11日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。