サッカーの話をしよう
No.281 京都サンガ 見事な「カズ効果」
見事な「カズ効果」だ。
京都サンガと契約し、さっそく先週のヴィッセル神戸戦に出場したカズ(三浦知良)。試合から数カ月も遠ざかってコンディションが万全ではないなか、貴重な2ゴールを叩き込み、チームを3−1の勝利に導いた。
その2ゴールは、いずれもカズらしい「魂」のこもったものだった。
1点目はシーラスの矢のような右CKを、ニアポストでゴールから離れるように走りながらのヘディング。タイミングと首の筋力の強さを生かした、これまでのカズには見られなかった強烈なヘッドだった。
そして2点目は、味方のシュートをGKがはじき、取り逃したところを、ボレーで決めた。パスを出した後にゴール前に走り込み、GKが2回触って難しいタイミングになったボールをやすやすとけり込んだところに、カズの経験と試合や勝負への集中があった。
この日、京都の西京極競技場は1万5075人のファンで埋まった。第1ステージの平均観客数5661人。加茂周監督が就任して注目が集まっている第2ステージになっても、過去2試合の平均は7339人にすぎない。7700人は、カズの魅力で引っぱられたファンだ。
アルゼンチン人の天才マラドーナがスペインのバルセロナからイタリアのナポリに移籍したときのことを思い出す。移籍金は当時のレートで約20億円といわれた。途方もない新記録だった。しかし移籍が発表されてから1週間のうちに、ナポリはそれまで出足の悪かったシーズンチケットを、2万枚も売り切った。1枚当たり約10万円。わずか1週間で、ナポリはマラドーナ獲得にかけた巨額をそっくり取り戻してしまったのだ。
カズ人気の恩恵を得るのは、サンガにとどまらない。サンガをホームで迎えるクラブにとっても、大きなプラスになるはずだ。「カズ効果」は、Jリーグ全体に広がるだろう。
しかし、カズと契約したサンガ、とくに加茂監督は、こうした「経済効果」や「人気獲得」以上の「カズ効果」を狙っているように思う。それは、カズのプロフェッショナルとしての姿勢、それを若い選手たちに見せることだ。
カズは元来身体的に恵まれていたわけではなかった。今日のカズを築いたのは、誰にも負けない練習量だった。
ヴェルディでも日本代表でも、練習グラウンドに最後まで残っているのは、いつもカズだった。コーチと若いGKにつきあってもらってシュート練習を繰り返し、走り、最後は腹筋運動でしめくくるまで、チーム練習が終わってから30分から1時間になるのもまれではなかった。若いころには、その後にジムでの体づくりが加わった。
そうして体をいじめ抜くことが、スポーツ科学の面で正しいのかどうかは知らない。しかし肉体的にも精神的にも、日本のサッカーを世界のレベルに引き上げたカズを形作ったのは、間違いなく、こうしたトレーニングだった。
サンガには、MF遠藤保仁、DF手島和希、辻本茂輝らオリンピック代表候補の3人を筆頭に、将来性あふれる若手がそろっている。20歳前後の若手にとって、カズのような選手がチーム練習が終わった後に自分の課題に取り組み、黙々と汗を流しながら自分を追いつめる姿を見ることは、100万語にもまさる影響力をもつはずだ。
いっしょに練習し、試合する時間がどれくらいあるかわからない。来年、彼はまた挑戦を求めてどこかに飛び立ってしまうかもしれない。しかしたとえ半年間でも、カズの姿は若い選手たちの心に刻まれるはずだ。
本当の「カズ効果」が表れるのは、2、3年後になるだろう。
(1999年9月1日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。