サッカーの話をしよう

No.282 残念な名波の出場辞退

 国内での久びさの日本代表の国際試合。しかもアジアの国とのホームでの対戦は昨年のダイナスティカップ以来。FW柳沢をオリンピックチームから引き上げるなどいろいろなテストをしながらも、トルシエ監督からは「必勝」の意図が感じられる。
 しかし指名を受けた名波浩(イタリアのベネチア所属)は辞退を申し出、最終的に日本サッカー協会はこれを受理した。残念なことだ。日本代表チームやファンにとってだけではない。名波自身にとっても、残念なことと思うのだ。
 名波からは、事前に日本サッカー協会に辞退の意向が伝えられていたらしい。しかしトルシエは、国際サッカー連盟(FIFA)のルールでベネチアには名波を供出する義務があるため、最終的には帰国するだろうと考えていたようだ。

 名波は8月29日に行われたセリエAの開幕戦、対ウディネーゼ戦に後半途中から交代出場し、同点ゴールをアシストし、FKを受けて強烈なシュートをポストに直撃させて、イタリアのファンに強い印象を与えた。
 イタリアに渡ってからの名波の評価は必ずしも高いものではなかった。技術的には申し分ないが、フィジカル面の弱さで、「セリエAでは無理」と評する者もいた。開幕戦でのプレーで、その評価は大きく変わったという。イタリアの新聞によるプレーの採点でも、高得点を得た。
 「次は先発出場」と張り切っているときに、日本に帰国して試合する必要がどこにあるのだろうか。しかも試合は、ただの親善試合だ。名波はそう考えて辞退を決断したのだろう。
 もしかすると、トルシエのチームでプレーすることに嫌気がさしているのかもしれない。7月のコパ・アメリカ(南米選手権)の試合後に、トルシエは「戦術を守らない」などと名波を酷評した。その言葉を、名波は侮辱されたように感じたのかもしれない。しかし正式な辞退理由は、「いまはベネチアに集中したい」ということだった。

 オリンピックチームに呼ばれた中田英寿(ペルージャ)は、はやばやと帰国し、7日の韓国戦に出場した。
 中田と比較する気はない。彼はすでにペルージャで確固たる地位を築いている。しかも試合は1日早かった。日本での試合の翌日に出発すると、中田がヨーロッパに戻るのは水曜日、名波が帰国していれば木曜日だっただろう。セリエAの次の試合日である日曜日までの時間を考えれば、1日の差は大きい。
 しかしそれでも、私は名波の辞退の判断が残念でならない。そこに名波の「自信」のなさがうかがえるからだ。
 名波は10代の少年ではない。大学を出てJリーグで4シーズン半、日本代表としても50試合を超す経験をもち、ワールドカップにも出場した。プロとして十分すぎるほどの実績をもった26歳なのだ。

 イラン戦に出場したら、日曜日のトリノ戦には出場できないかもしれない。しかしシーズンはまだ始まったばかりなのだ。
 名波の技術と創造性あふれるプレーは、イタリアでも十分ファンを魅了し、チームの勝利に貢献できるものだと、私は確信している。しかしいまの名波にはその自信がない。開幕戦を見ても、ふたつのプレー以外は舞い上がり、攻守ともに効果的な働きができていなかった。
 自信がないことをさらけ出すのは、日本では美徳かもしれない。しかし一歩国外に出たら致命的な欠点になりうる。
 「1試合ぐらい外されてもだいじょうぶ。オレは誰よりもうまいんだ」というプロとしての気構えが、セリエAで戦い抜くには不可欠だ。だからこそ、平気で日本に戻り、堂々とイラン戦に出場する強さが、名波にほしかったと思うのだ。

(1999年9月9日)
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