サッカーの話をしよう
No.283 試合の名前
「試合の名前」についての話をしたい。「大会名」ではない。個々の試合にも独自の「名前」があるという話だ。
Jリーグのテレビ中継を見ていて、対戦チーム名を前後半で入れ替えてしまうことが、数年前から気になっていた。
たとえばカシマスタジアムで鹿島アントラーズとジュビロ磐田が対戦しているとしよう。試合進行中、スコアは画面の右上あたりに「ANT1−0JUB」などと表示される。ところが後半になるとこれがひっくり返り、「JUB0−1ANT」となってしまう。どちらのチームがどちらのエンドから攻めているかがわかるようにするための、放送局の工夫である。
前半は左からアントラーズが攻める。後半になればエンドを替えるから、左から攻めるのはジュビロとなる。それに対応して、チーム名とスコアを入れ替えているのだ。
実はこれ、Jリーグ時代になってからの日本のテレビ局の発明で、多くの人から「わかりやすい」と評判が良いらしい。いまでは、日本のサッカー中継のスタンダードになっている。
「実況中継」ではなく、もっぱら結果を伝える機能をもつ新聞は、少し状況が違う。
Jリーグ1部(J1)の結果は、ホームチームが上(あるいは左)に、ビジターチームが下(右)に置かれる。ホームチームを先に表記するという原則になっているのだ。
ところが、Jリーグ2部(J2)以下の試合になると、まったく基準の違う「原則」が徹底して貫かれている。「勝ったほうが上(先)」という原則だ。J2で「東京3−0仙台」とあっても、それが仙台での試合だったりする。
J1に限らず、「リーグ戦」という大会システムにおいては、それがどこで(どちらのホームで)行われた試合であるかも、試合の重要な要素であり、貴重な情報だ。「仙台0−3東京」と、「チーム順」を「ホーム、ビジター」とすることによって、初めて「東京FCがアウェーで快勝」という内容がわかるのだ。
「チーム順」が重要なのは、ホームアンドアウェーのリーグ戦においてだけではない。ワールドカップのグループリーグのような中立地でのリーグ戦でも、勝ち抜きのトーナメント戦においても、本当は重要な意味がある。「チーム順」とは、「試合の名前」でもあるからだ。
昨年のワールドカップを例にとれば、グループHの日本の初戦は、「アルゼンチン×日本」である。試合結果でそうなったのではない。抽選会前に決まっていた試合日程で、初戦は「H1×H2」ということになっていた。そして抽選の結果、H1にアルゼンチン、H2に日本がはいったのだ。この大会で「ARG−JNP」と表記すれば、6月14日にトゥールーズで行われた1−0の試合ということになる。
「決勝トーナメント」にはいっても、試合結果は、最初から決められていた「チーム順」で表記される。決勝戦は「BRA0−3FRA」だった。勝ったのは開催地元のフランスだった。しかし「試合の名前」は、あくまで「ブラジル×フランス」だったからだ。
カシマスタジアムでの試合は、どちらが左から攻めていようと「アントラーズ×ジュビロ」であり、「ANT−JUB」と表記されるべきものだ。「JUB−ANT」では、磐田での試合の名前になってしまう。
「名は体を表す」と言う。私たちは、古代から名前を大事にする民族だったはずだ。
どちらのチームがどちらから攻めているかを知らせるには、別の工夫をすればよい。名前を粗末に扱えば、試合は迷子になってしまう。
(1999年9月22日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。