サッカーの話をしよう
No.289 フェプレーをプロモートするイベント
東京・国立競技場午後5時。キックオフまで2時間もある。しかし両ゴール裏の「サポーター席」はぎっしりと埋まり、早くも盛り上がりを見せている。
北側のスタンドに設置された大型映像装置に観客席の様子が映し出される。1画面に映っているファンは10人ほどだろうか。カメラが回ってくると、手を振ったり踊ったり、みんな必死に目立とうとアピールする。そしてある地点でカメラが止まり、ぐぐっとズームイン。画面の中央のファンの顔に、「ポン!」と丸印がつく。
画面の下に文字が出る。「あなたに決定」
「オレだ、オレだよ! やった、やったー!」
決まった人は、大型映像装置を見上げながら、まるで決勝ゴールを決めた選手のように狂喜して友人に抱きつく。スタンドには、落胆のため息とともに、決まった人への盛大な拍手が広がる。そうして4人が決定する。約10分間、楽しさいっぱいのアトラクションだ。
11月6日、試合は日本が2回連続でオリンピック出場を決めたカザフスタン戦。しかしいったい何が「決まった」のか。実は、選手入場のときに「フェアプレー旗」を運ぶ4人の旗手を、スタンドのファンから募集していたのだ。
国際サッカー連盟(FIFA)がフェアプレー旗をつくったのが92年。以来、国際試合ではこの旗を先頭に選手が入場する形が一般化した。
キックオフ直前、興奮のボルテージがピークに達するとき、突然鳴り響く力強い音楽。94年ワールドカップ・アメリカ大会で地元組織委員会からFIFAに寄贈された「FIFA讃歌」だ。いまでは「入場の曲」としてすっかりおなじみだ。そしてその音楽に合わせて先頭を切ってピッチにはいるのが、黄色いフェアプレー旗なのだ。
海外では、少年少女を起用することが多い。昨年のワールドカップ・フランス大会では、試合ごとに世界の6大陸の少年少女を起用し、「全人類の大会」を世界に訴えた。
それを試合当日スタンドのファンから選び、しかもその選出過程まで楽しさいっぱいのアトラクションにしてしまうというアイデアには、素直に脱帽する。
カメラが回り始めるとき、アナウンスがはいる。
「さあ、我こそはと思う方は一生懸命アピールしてください。でも周囲の人に迷惑はかけないように。アピールも、フェアプレーでお願いします」
なんと気の利いたコメントではないか。
フェアプレー、フェアプレーとよく言われるが、これほどあいまいで、定義しにくい言葉はない。ひとつのプレーや行為が、ある人にとってはフェアプレーでも、他の人にとってはまったく逆であることさえある。
ひとつだけ言えるのは、フェアプレーは人々をハッピーな気分にしてくれるということだ。「ああ、サッカーっていいな」、「人間て、なんてすごいんだろう」と、感嘆させ、感動させ、うれしい気分や、思わずニヤリとさせてくれる。
プレーをする。試合を見る。サッカーとのいろいろなかかわりのなかで、みんながハッピーな気分になることがあれば、それは立派な「フェアプレー」ではないだろうか。そう考えれば、「フェアプレー旗旗手募集」のアトラクションは、フェアプレーをプロモートする行為であると同時に、それ自体がすばらしいフェアプレーの実践となっている。
選手入場を前に、大型映像には4人の「選ばれし者」のちょっぴり緊張ぎみの表情がとらえられていた。そしてFIFA讃歌。フェアプレー旗をピンと張り、4人は胸を張って5万5000の大観衆の前に出ていった。
(1999年11月6日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。