サッカーの話をしよう
No.309 FC東京 ユーモアあふれるサポーター
開幕から3連勝し、J2から昇格して1年目で台風の目となったFC東京。ピッチの上の11人とベンチの監督、交代選手の全員が心をひとつにして90分間戦い抜くこと、それがこのチームの最大の魅力であり、また力でもある。
93年、スタートとともにJリーグが人びとの心をつかんだのは、何よりも選手たちの一生懸命さからだった。だからルールも知らない人びとをスタジアムやテレビの前に引きつけたのだ。FC東京の快進撃は、Jリーグに「原点」に戻る重要性を訴えかけているように思う。
今季のFC東京は、Jリーグに新しいものももたらした。「ユーモアとウィットあふれるサポーター」だ。
開幕の横浜Fマリノス戦では、東京のサポーターたちは試合前に井原正巳選手の有名な応援歌を連発した。マリノスから戦力外通告を受け、ジュビロ磐田に移籍した選手だ。彼の放出については、マリノスのサポーターもクラブに大きな不満をもっていた。その井原選手の名前を連呼されたら、マリノス・サポーターはいたたまれない気分になったのではないか。
この試合、マリノスの選手が中盤で負傷し、ボールが外に出された場面があった。治療が終わり、スローインはFC東京。当然、マリノスに返す場面だ。
しかしサポーター席からはいっせいにこんな声が上がった。
「返すな! 返すな!」
しかしFC東京の選手はいったん味方に投げ、素直にマリノスに返した。間髪を入れず、東京のサポーターたちが叫んだ。
「クリーン東京!」
なんと気の利いた応援ではないか。世界中でサッカーを見てきたが、こんなにスマートに選手たちの気をよくさせる応援は見たことがない。
先週の土曜、柏の葉競技場での対レイソル戦では、先制点を許した東京のGK土肥洋一選手(昨年までレイソル)にレイソル・サポーターが「ミラクル・ヨーイチ!」という揶揄(やゆ)の声をあげた。東京サポーターは、土肥がファインセーブを見せると、即座に「ミラクル・ヨーイチ!」とたたえ上げた。
大応援幕には、「Sexy Football」とある。
「楽し都、恋の都、夢のパラダイスよ、花の東京」。テーマソングは藤山一郎の「東京ラプソディー」だ。
アマラオが判定に怒ると、
「落ち着けアマラオ、落ち着けアマラオ!」の連呼。
執拗に抗議するアマラオに主審がイエローカードを出すと、
「もったいない! もったいない!」とくる。
日本代表サポーターのリーダーでもある「カリスマ」的なサポーターが中心にいるのはもちろん大きな要素だ。しかしそれ以上に、全員がよく選手やサッカーを知っていて、しかも試合に集中して、流れに応じた声を上げていることが、「楽しさ」の最大の要因になっている。とにかく、試合とサポーターの声との呼応が楽しいのだ。
「組織があるわけじゃない。ただなんとなく試合のときに集まって声を合わせているだけ。面白くしようとしているわけでもない。ただ、オレたちほど試合をしっかりと見ている人間は、このスタジアムにはいないと思う。オレたちは、そこで思ったことをストレートに表現してるだけなんですよ」
サポーターのひとりは、こう言って胸を張った。
サポーターといえば、非常に攻撃的だったり、負けるとブーイング、相手チームを威嚇する声ばかり出してきたこれまでのJリーグ。そのJリーグのスタジアムに、東京のサポーターは「ユーモア」をもちこんだ。
ここから何か新しい「文化」が始まっていくのでは、とさえ思えるのだ。
(2000年4月5日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。