サッカーの話をしよう
No.313 強化推進本部の解散を
2002年ワールドカップに向けての日本代表チームの監督が誰になるのか、最近の報道を見ていると、やりきれない思いがしてならない。
フィリップ・トルシエは優秀な監督であり、就任以来今日に至るまで、いくつかの失敗はあったにしても、それを補って余りある成果を残したと、私は考えている。そして、発展途上の若い監督である彼自身、数年後には、日本代表とともにすばらしい成熟のときを迎えるだろうと期待していた。当然、引き続きトルシエに指揮を任せるべきだと考える。
しかし代表監督の選任は純粋に「人事」に属する事項である。監督選任の権限をもつ者が、自らの責任において判断を下すこと自体に間違いはない。
私をやりきれない思いにさせるのは、現状で監督を代えても、そしてその監督が誰になろうと、好ましい方向に向かうとは思えない点だ。代表チームの運営という仕事において、日本サッカー協会の現在のあり方は完全に間違っているからだ。
代表チームの運営というのは、大きな「ミッション」(特命作戦)そのものだ。選手をピックアップし、チームを準備し、試合相手に即した戦い方をすれば済むわけではない。2年、あるいは4年という短期間に限っても、国内リーグとの日程調整、内外の選手所属クラブとの交渉、マスメディアとの良好で節度のある関係づくりなど、多岐にわたり、同時にプロフェッショナルな仕事が求められる。
当然、監督ひとりですべてを仕切ることなど不可能だ。代表運営という事業の成功のカギとなるのは、監督への強力な支援態勢の有無ということになる。
財団法人日本サッカー協会の岡野俊一郎会長は、昨年7月、2002年ワールドカップに向けて協会を挙げてのサポート態勢をつくるため、「2002年強化推進本部」を設立し、釜本邦茂副会長をその本部長に任命した。副本部長は大仁邦彌・技術委員会委員長と、木之本興三・Jリーグ専務理事である。
目的は「日本代表チームのサポート」だった。明確に「日本代表監督のサポート」としなかったところに間違いの元があった。強化推進本部は、監督が求めるサポートの立場ではなく、いわば権力者として「監督の監督」という立場をとることになった。その結果、監督は以前にも増して孤立無援となった。
この状況でトルシエが1年近く仕事を続けてきたことは奇跡のように思える。彼をつなぎ止め、ここまで引っぱってきたのは、日本の選手たちへの深い愛情だけだったのではないか。
日本は98年ワールドカップに初出場を果たしたが、3戦全敗という結果に終わった。岡田武史監督が最善の仕事をしたにもかかわらず、これが精いっぱいだった。「世界」のレベルはまだはるかかなたにあった。
地元で開催される2002年ワールドカップに向けて、わずか4年でその壁を突き破らなければならない。それは本当に大きなミッションだった。日本協会がすべきことは、選任した監督を信頼し、全面的な支援態勢を整えることだったはずだ。
しかし岡野会長がそう意図した強化推進本部は、権限と責任を取り違え、とんでもない方向に行ってしまった。これから2年間の監督を誰にするにしろ、現体制ではミッションを完遂することなど不可能だ。
現在の強化推進本部という組織のあり方は100パーセント間違っている。岡野会長は、会長としての責任において強化推進本部を解散し、早急に代表監督へのサポート態勢を再構築するべきだと思う。
最優先されなければならないのは「ミッション日本代表」である。強化推進本部という組織を守ることではない。
(2000年5月10日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。