サッカーの話をしよう
No.315 懲罰にはVTRの活用を
誤審としか思えない判定でPKとなり、それが決勝点となる。珍しい話ではない。今季のJリーグだけでも何度も見た。審判レベルを上げ、誤審をなくす努力をしなければならない。だが審判も人間の行為である以上、ミスが起こるのは仕方がない。
しかしJリーグ12節、5月13日の清水エスパルス対ジェフ市原戦はもうひとつ別の問題を提起している。
後半10分すぎ、ペナルティーエリアに走り込むエスパルスの沢登に絶妙のパスが出る。ジェフGK下川が前進して体を投げ出す。しかし沢登が先にボールにタッチする。一瞬遅れて沢登の足元に飛び込む下川。その瞬間、沢登が大きく吹っ飛ぶ。
鋭く笛が鳴る。浜名哲也主審が指さしたのはPKスポットだった。そして下川にはレッドカードが示された。「反則によって決定的な得点の機会を阻止した」という理由だった。
GKなしで試合をすることはできない。ジェフはMF武藤に代えてGK櫛野を入れたが、このPKを沢登が決め、1−0でエスパルスが勝った。
私はこの試合を直接見てはいない。しかし夜のスポーツニュースで何度も繰り返し見た限りでは、下川はぶつかる寸前に腕を引っ込めている。沢登のジャンプは衝突を避けるためだったのか、シミュレーション(審判を欺くための演技)だったのか。
ルールの第五条には、「プレーに関する事実についての主審の決定は最終である」とある。プレーが再開される前なら、主審は決定を変えることはできる。しかしこの場合、いったん沢登がPKをけったら、PKの判定も、下川の退場も変えることはできない。1−0でエスパルスの勝利という結果も、ひっくり返すことはできないのだ。
問題はここからだ。退場には「懲罰」がつく。退場処分を受けると自動的に1試合の出場停止となり、日本サッカー協会の「規律フェアプレー委員会」でその後の処置を決定する。下川の場合、同じ内容の退場が今季2度目だったため、懲罰基準により自動的に2試合の出場停止となった。罰金も科せられた。
もし退場処分が「誤審」であったなら、これほど不当な懲罰はない。ルールが定めているのは、主審の決定を変えることはできないということだけで、試合後の懲罰については何の制限もつけていないのだ。
94年ワールドカップで、試合中には警告も受けなかったイタリアの選手に国際サッカー連盟(FIFA)の規律委員会が8試合の出場停止処分を科したケースがあった。プレーに関係のない場面での相手選手に対するひじ打ちを、委員会がVTRで確認しての処分だった。
ところが日本協会の規律フェアプレー委員会の懲罰検討材料は、現在のところ審判報告書とマッチコミッショナーのレポートだけである。VTRはまったく使用されていない。何度も使用が検討されたが、「すべてのシーンが収録されているわけではない」と、見送られてきた。
しかし明確に誤審を示す証拠があるのなら、なぜ目をつぶる必要があるのだろう。
Jリーグでは、その前週、5月6日のジュビロ磐田対鹿島アントラーズ戦で、アントラーズのビスマルクのひじがジュビロ服部の顔に当たり、あごの骨を骨折させるという事件が起きた。主審は意図的にやったものとは考えず、ビスマルクにイエローカードを示したにとどまった。このシーンも、VTRで慎重に検討すれば違った結論が出たかもしれない。
試合現場での生の監視には限界がある。VTRなどの証拠があるなら、懲罰の決定にはそれをぜひとも活用すべきだ。それが、選手の安全とサッカーの健全性を守る「正義」というものではないだろうか。
(2000年5月24日)
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