サッカーの話をしよう

No.316 鬼武健二 個性の攻撃サッカー30年の夢

 4万3193人。ぎっしりとスタンドを埋めた観客は、選手たちが立ち上がるのを静かに待った。そして彼らがうなだれながらも整列すると、盛大な拍手を送った。ほとんど手中にしかけていたステージ優勝を逃したものの、セレッソ大阪の魅力あふれる攻撃サッカーは今季のJリーグの大きな救いだった。
激しい攻め合いの末横浜Fマリノスを下した試合の後、私はセレッソというチームを考え続けた。そしてこのチームの魅力がここ数年に始まることでないことを思った。そこで、セレッソの前社長で、今季から会長を務める鬼武健二さん(60)に会いに出かけた。
鬼武さんは、セレッソの前身である日本リーグ時代の「ヤンマー」の監督を1967年から11シーズン務め、リーグ、天皇杯、ともに3回の優勝に導いた。日本リーグで通算93勝を挙げた「最多勝監督」だ。

監督就任は28歳の年。
 「釜本(邦茂)くんがはいってくることになって、他にも大量補強をした。チームが大幅に若返り、私が選手兼任の監督になることになったのです」
 そしてわずか数年のうちに強烈な攻撃力をもったチームをつくり上げた。
 鬼武さんの理想は、選手たちの個性、長所を最大限に発揮させるサッカーだった。ブラジルからのネルソン吉村などを加え、高い技術をもったヤンマーは、自然にドリブルを多用した攻撃的なサッカーの色を濃くした。強いだけでなく、魅力にあふれたサッカーだった。
78年、監督の座を34歳の釜本選手に譲って、鬼武さんは社業に戻る。そして船舶用エンジン販売を中心とした仕事で十数年が流れた。
サッカーに呼び戻されたのは90年代のはじめ、Jリーグ・スタート前夜だった。ヤンマーは準備が整わず、1年目からの参加はできなかったが、93年からJリーグ昇格を目指した本格的な準備が始まった。

他の社業をかかえながら、鬼武さんは次第に「クラブづくり」にのめりこむ。その年の12月に「大阪サッカークラブ株式会社」を設立、社長に就任する。ヤンマーだけで支える形は望ましくないと、日本ハムなどから協力を受けての設立だった。
94年、JFLで優勝を飾ってJリーグ昇格決定。しかし「後発チーム」の悲しさか、95年からのJリーグでは苦しみ、「中の下」が続いた。
鬼武さんは歴代監督に積極的に攻めるサッカーをすることを求め続けた。攻撃的なサッカーをするには、忍耐強い技術指導で個々の選手を伸ばさなければならない。時間がかかる。
しかし昨年、ベルギー人のレネ監督の下、セレッソは初めて優勝争いに加わる健闘を見せ、年間通算で6位に躍進した。その自信が今季の好調を生んだ。
その間に、クラブは着実に地域に根付く活動を展開してきた。今月、大阪市議会がセレッソに1500万円の出資(約5%)をすることを決議したのは、その何よりの証明だ。

「いまのセレッソのサッカーは気に入っていますか」
長居スタジアムのある広大な公園に面したファミリーレストランの2階に置かれた、大都市らしからぬ牧歌的なクラブ事務所で、私は最後の質問をした。
「好きですね。森島があれだけすばらしい動きをする。西沢のポストプレー、盧廷潤と西谷のドリブル、尹晶煥の天才、そして田坂のしっかりとしたプレーなど、みんな個性的でしょう。個性を思う存分発揮させた結果がいまのセレッソだからね」
「個性を生かすサッカー」は、ヤンマーの監督になったころからの鬼武さんの信条だった。30年以上もひとつのことを信じ、実を結ばせる。人間の「情熱」がもつ力に触れた思いがした。

(2000年5月31日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

アーカイブ

1993年の記事

→4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1994年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1995年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1996年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1997年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1998年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1999年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2000年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2001年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2002年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2003年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2004年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →9月 →10月 →11月 →12月

2005年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2006年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2007年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2008年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2009年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2010年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2011年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2012年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2013年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2014年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2015年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2016年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2017年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2018年の記事

→1月 →2月 →3月