サッカーの話をしよう

No.318 「共同開催」のストレス

 「共同開催の国」を歩いている。ヨーロッパ選手権ベルギー/オランダ大会だ。
 モロッコのカサブランカからオランダの首都アムステルダムにはいり、国際空港の地下駅から直通列車でわずか3時間でベルギーの首都ブリュッセルに着いた。途中で両国の国境を通過するのだが、パスポートの提示を求められるわけでもない。車窓の田園風景もほとんど変わらないままだった。
 オランダとベルギーは、ルクセンブルクも含めて、中世までは「ネーデルランド」(低い土地)と呼ばれるひとつの地域だった。主として宗教の関係で最終的にふたつの国となったが、民族的にはほとんど同じといってよい。ベルギーでは、フランス語とともにオランダ語が公用語だ。
 ブリュッセルはオランダ語圏(主として北部)とフランス語圏(南部)の境目にあり、ふたつの言語が共存している。ひとつの地下鉄駅にふたつの名前がついていることも珍しくはない。

 こうした国同士だけに、共同開催など何の問題もないと想像していた。大会そのものは統一感がとれ、運営システムもほとんど変わらない。しかし外国からきて両国を動き回る身になると、細かな問題がいくつかある。
 当然のことながら通貨が違う。欧州連合(EU)共通の通貨「ユーロ」はまだ一般には使用されておらず、ベルギーではベルギーフランに、そしてオランダではギルダーに替えて使わなければならない。両国の会場同士で話すときには当然国際電話だ。最近では必携品の携帯電話も、国を移ればめんどうな切り替えが必要になる。鉄道スケジュールの情報も、自国内と相手国内では大きな違いがある。
 当然といえばあまりに当然のことだ。しかしワールドカップやヨーロッパ選手権はこれまですべてひとつの国の国境内で行われてきた。大会にはいってしまえば、こうしたことを気にかける必要などなかった。初めての共同開催が、意外にストレスのたまるものであることを、第三国の人間として感じた。

 オランダとベルギーでさえこうなのだ。間に海峡をもち、言語も生活習慣もまったく違う日本と韓国では、ヨーロッパや南米からくる人びとは、いまの私とは比べようもなく大きなストレスを感じるに違いない。
 「2カ国で開催するワールドカップ」と割り切ることはできない。「ひとつのワールドカップ」なのだ。当然、ファンはそういう気持ちでくる。日本の会場から韓国の会場への移動に丸1日かかるだけでなく、いろいろなシステムが違うなかで、彼らはワールドカップを楽しむことができるだろうか。
 人間というのは単純なものだ。心に何かひっかかっていれば、どんなに小さなものでも心から他の何かを楽しむことなどできない。その「ひっかかり」をすこしでも減らすことが、ホスト国の努めであるはずだ。

ブリュッセルの地下鉄では、大会運営に結びついた親切な案内表示を見た。持っているチケットの座席(スタンド別に色分けしてある)別に、降りる駅が指定されているのだ。初めてこの町でサッカーを見るファンも、市内で地下鉄に乗った瞬間から自動的にスタジアムの自分の席にたどり着くことができる。ストレスを感じずに、試合を楽しむことに集中できるのだ。
 この大会には、日本のワールドカップ組織委員会(JAWOC)から100人を超す役員・職員が視察を予定しているという。施設や大会運営を見るだけでなく、外国からサッカーを見にくる人びとがどのようなストレスを感じているのか、ホスト国はどのようにそれを減らそうとしているのか、しっかりと感じとってほしい。なかでも、共同開催からくるストレスには、とくに注意を払ってほしいと思う。

(2000年6月14日)
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