サッカーの話をしよう

No.319 深夜列車のサポーター交流

 オランダのアイントホーフェンで行われたポルトガル対イングランド戦を取材して、深夜、ブリュッセル(ベルギー)行きの列車に乗った。
 もう午前零時をとっくに過ぎている。今井恭司カメラマンとともに6人がけのコンパートメントにはいっていくと、ひとりのイングランド・サポーターが眠そうな目を開けた。30代のなかばだろうか、太った男だ。
 発車間際にポルトガル・サポーターがドアを開け、「空いているか」。「うん」と答えると、仲間を呼び入れた。30代の男性若い女性の3人連れ。コンパートメントが満員になった。
 私はパソコンを取り出して仕事を始め、今井さんはうとうとし始める。
 白熱した試合だった。イングランドが2点をリードしたが、ポルトガルが見事にひっくり返して3−2の勝利を得た。当然、ポルトガルの3人は元気いっぱいだった。あきることなく大声で話し続けている。

 試合のスコアよりさらに劣勢の「1−3」の状況に立ったイングランド・サポーター氏は、「騒音」を聞いているより話に加わったほうがいいと思ったのか、英語で「どこからきたの」などと質問を始める。
 「リスボンだよ」
 「ずっと見ていくのか」
 「いや、この試合だけだよ。きのう来て、明日、いやもうきょうか、朝の飛行機で帰るんだ。なにしろ、入場券もホテル代も高いからね」
 「ところで、イングランドのワールドカップ招致(2006年大会)はどうなんだ」。ポルトガル側からの質問が始まる。
 「決定までもう3週間だな。正直言って難しいと思う。なにしろブラッター(国際サッカー連盟会長)がアフリカだ、アフリカだと言っているからね」
 「僕は先週モロッコのカサブランカに行っていたけど、あそこでは難しいと思うよ」。口をはさんだのは私だ。

 「南アフリカの記者とも話したけれど、あの国もインフラはまったく整備できていなくて、とてもワールドカップを開ける状況ではないと言っていた」
 「ではすこしは希望があるかもしれないな。そういえば、次のヨーロッパ選手権(2004年大会)はポルトガルだね」
 「そう、私たちは開催に値する国だと思うわ」
 「決勝戦会場はベンフィカ(ポルトガルきっての有名クラブ)のスタジアムか」
 「まあ、12万人もはいるからね。でもあそこの会長は何を考えているかわからないから、貸さないかもしれない」
 「ほう、きみはベンフィカ・ファンではないのか」
 「とんでもない。僕らはスポルティング(ベンフィカのライバル)だよ。きみは?」
 「僕? 僕の地元はブリストル・シティ、2部リーグの小さなクラブさ」
 「でも、そのほかに、好きなクラブがあるでしょう?」
 「うーん、強いていえば、外国チームと対戦するときのマンチェスター・ユナイテッドかな」

 おやおや、イングランド・サポーター氏は、地元ではけっして明かすことのない「心の秘密」まで打ち明けてしまった。
 イングランドのサポーターがまたも問題になった今大会。しかしそれはほんの一部にすぎない。大多数のサポーターは、こうして仲良く旅をし、交流しながら試合を楽しんでいる。ロッテルダムでも、トラムのなかで、オランダとデンマークのサポーターが互いに応援歌を歌いながらにぎやかにスタジアムに向かう光景にぶつかった。
 気がつけば、深夜の国際列車はもうブリュッセルの市内にさしかかっている。熟睡中の今井さんのひざをたたくと、目をこすりこすり、まだ半分寝た状態で網棚から荷物を下ろし始めた。

(2000年6月21日)

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

アーカイブ

1993年の記事

→4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1994年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1995年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1996年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1997年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1998年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1999年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2000年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2001年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2002年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2003年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2004年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →9月 →10月 →11月 →12月

2005年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2006年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2007年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2008年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2009年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2010年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2011年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2012年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2013年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2014年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2015年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2016年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2017年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2018年の記事

→1月 →2月 →3月