サッカーの話をしよう
No.344 スタジアム・オブ・ザ・イヤー アルンヘムと仙台
サッカーの試合を追う旅は、同時に、いろいろなスタジアムとの出合いの旅でもある。
2000年も、日本や世界の各地でいろいろなスタジアムを訪れた。そのなかで最も強い印象を受けたのが、オランダ、アルンヘム市の「ヘルレドーム」と呼ばれる開閉式の屋根をもったスタジアムだった。
第一に、見事なテクノロジーの産物であることがあげられる。このスタジアムの特徴は、800トンの重さをもつ屋根がスライドして開閉するだけでなく、天然芝のピッチ全体をスタジアムの外に引き出すことができるところにある。
スタジアムの南、片方のゴール裏スタンドの背後にコンクリートで固められた広場がある。広さは、ちょうどピッチ1面分。サッカーの試合時には駐車場になるが、スタジアムをコンサートやモーターショーなどの催しに使用するときには、天然芝のピッチをコンクリートの台座ごとここに引き出すことができる。
台座を含めると1万1000トンにもなるピッチは、コンピュータで制御された油圧式の機械で動く。2時間弱で出し入れが完了するという。
このスタジアムをもつアルンヘム市はオランダ東部のヘルダーラント州の州都で人口13万。州と市は、この地域の活性化の核としてこのスタジアムを計画し、つくりあげた。
計画がスタートしたのは86年のこと。小さくてもいいから、最先端の技術を生かし、ショッピングセンターなども入れ、サッカーだけでなくいろいろな催しに使えるものにしようと計画が練られた。しかし建設資金がまとまり、工事が始まったのは10年後の96年のことだった。
98年3月に完成した「ヘルレドーム」は、たちまちのうちに地域の人びとをとりこにした。小クラブながらオランダ・リーグで過去10年間常に上位争いに加わる「フィテッセ」クラブの奮闘で、2万6000人収容のスタジアムは常に満員となった。雨でも雪でも、ゆったりとした席で安心して観戦できるスタジアムは、シーズンチケットの購買意欲を高めた。
テクノロジーの導入は、人件費、大会運営費の削減にも役立った。偽造チケットを判別する機械、入場券の自動改札機。そしてスタジアム内はプリペイドカードの導入で、完全キャッシュレスだ。クレジットカードでプリペイドカードを買うと、飲食物も記念品もすべてそのカードで買うことができる。スムーズな販売で、行列は消えた。
こうして、ヘルレドームとフィテッセは、アルンヘムの人びとの誇りとなり、見事に地域活性化の媒介役となった。
日本国内では、仙台スタジアムに感心した。仙台市内に97年に完成した2万人収容の球技専用スタジアム。都心から地下鉄で十数分、駅から歩いて数分というアクセスの良さ、試合の見やすさ、スタンド全体を覆う屋根、ゆったりとした座席など、申し分ない。
ここの「住人」はJ2のベガルタ仙台。2000年は上位に進出したが、まだJ1をうかがうほどの力はない。しかし今季は5試合にわたって観客が1万人を超し、1試合平均でも8885人となった。居心地のいい「ホームスタジアム」が家族連れのファンを増やす原動力になり、仙台という巨大都市の市民生活に少なからぬ影響を与えはじめている。
しっかりとした理念の下に建設されたスタジアムは、サッカーを通じて地域の生活に喜びを与え、人と人を結びつける。もたらす価値の大きさは、カネに代えることはできない。
ヘルレドームと仙台スタジアムに出合った2000年。21世紀の最初の年、2001年には、どんなスタジアムとの出合いがあるだろうか。
(2000年12月27日)
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