サッカーの話をしよう

No.347 クラブを活性化する移籍

 日本代表の三浦淳宏が横浜F・マリノスから東京ヴェルディに移籍することになった。ジェフ市原の酒井友之は名古屋グランパスで、そして山口智はガンバ大阪で、新シーズンをプレーすることが決まった。
 カズ(三浦知良、京都サンガからヴィッセル)、井原正巳(ジュビロ磐田から浦和レッズ)など、このシーズンオフには日本人大物選手の移籍が目立った。しかしそれでも、Jリーグのクラブはまだまだ「おとなしい」ように思う。
 うまく機能すれば、移籍は、クラブと、そしてリーグの活性化の切り札となる。チーム力を強化するためだけではない。新シーズンに向けて、あるクラブが「去年とは違う」ことを最も強くアピールできるのが、新しい選手の獲得だからだ。仮に戦力としては大差なくても、チームに新しい選手を投入することは、新シーズンへの期待をふくらませ、それ自体が活性化の効果を生む。

 移籍する選手も、新しい環境に移り、新しいクラブで新しい役割を負ってプレーすることは、大きな刺激となる。移籍を契機に急速に伸びた選手は多い。
 現在、国際サッカー連盟(FIFA)は、新しい時代の移籍システムを摸索している。しかしどのようなシステムになろうと、サッカー界を活性化する移籍そのものの重要性は薄れることはないはずだ。
 サッカーの母国イングランドにおいてプロが公認されたのが1885年。しかしその前から、有力クラブはスコットランドのクラブから有償でスター選手を移籍させてきた。それから百数十年、西暦2000年には、移籍金の世界記録は60億円という途方もない額になった。
 しかし世界は広く、移籍の歴史も長い。70年代のウルグアイでは、現金が調達できなかったため、「ステーキ550人前」で選手を獲得したクラブがあった。名古屋グランパスのストイコビッチも、ユーゴ国内での最初の移籍のときには、簡素な照明塔四基との交換だった。

 難しいのは、元のクラブのファンやサポーターと、移籍した選手との関係だろう。国内の移籍では、つい先日まで中核だった選手が、ライバルである対戦相手の一員となるからだ。
 1990年、地元で開催されるワールドカップの直前に、イタリアで当時の世界最高額となる高額の移籍があった。フィオレンティナのロベルト・バッジオが、15億円という巨額でユベントスに引き抜かれたのだ。
 実は、フィオレンティナは深刻な財政危機にあり、この移籍で救われたのだが、ファンにはそんなことはわからない。クラブのアイドル選手を移籍させた会長の自宅を襲撃するなど、大きな騒ぎとなった。
 数カ月後、バッジオがユベントスの一員としてフィオレンティナとのゲームに戻ってきた。地元のファンは、「裏切り者」とののしり、彼がプレーするたびにいっせいに口笛を吹いた。バッジオはめげずに懸命なプレーを見せ、シュートも放った。しかし後半、意外なことが起きた。

 ユベントスがPKを得た。通常のPKキッカーはバッジオである。決勝ゴールのチャンスだ。しかしバッジオは、「僕には、けることはできない」と拒否してしまったのだ。
 激怒したユベントスの監督はすぐにバッジオを交代させた。彼は、スタンドから割れんばかりの拍手を受けながら、フィオレンティナのスカーフを巻いてピッチを後にしたという。
 日本ではJリーグ時代になって本格化した移籍。しかし世界では、確実にサッカーの一部になっている。その効果を考えれば、日本でも、もっと活発化していいはずだ。そのなかで、このバッジオのような、心を打つ出来事も生まれるのだろう。

(2001年1月24日)
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