サッカーの話をしよう
No.358 おいしいスタジアム
「食べ物の恨みは恐ろしい」という。きょうは「おいしいスタジアム」の話をしよう。
食いしん坊のせいか、初めてのスタジアムに行くと、記者室に荷物を置くや、どんな食べ物があるのかと、探検に出かける。先日も、完成したばかりの東京スタジアムで売店に並んでみた。
キックオフ30分前。いちばん込み合う時間だった。しかし売店の能率の悪さには、ほとほとあきれた。列には、私の前に5人しかいなかったのに、10分近くも待たされたのだ。おいしいものがあるかという以前の問題である。
4列ほど並べるカウンターがあって、内側に売り子がいる。客の注文を受けて飲み物や食べ物を用意し、代金を受け取って品物を渡すという流れのすべてが非効率的で、時間がかかる。この日は定員の半数、2万7000人ほどの入りだった。満員になったら大混乱になるだろう。
食べ物も、コンビニの弁当のようなもので、なんとか腹の足しにはなるがそれ以上のものではない。スタジアムでは珍しいスパゲティもあったが、最初から容器に入れたものを電子レンジで温めて出しているだけのようだった。
待たされる。おいしくない。日本の他のスタジアムと大同小異だった。
スタジアム関係の人びとから話を聞かれると、私は必ず「おいしいものを用意してほしい」と話す。スタジアムにはいってから出るまで3時間近くにもなるサッカー観戦で、飲み食いの満足は、トイレの快適さと並び不可欠な要素だと思うからだ。
西ドイツで行われた74年ワールドカップを思い出す。私にとって、初めての海外でのサッカー体験だった。そして初日から、私はドイツサッカーのとりことなった。スタジアムの周囲に無数に出ている屋台のソーセージが、これまでに味わったことのないおいしさだったからだ。
ドイツ語で「ブルスト」という。注文すると、ボール紙を圧迫成型した長細い皿の上に熱あつのソーセージを置き、その上に丸パンを1個乗せてくれる。周囲の人びとを見ると、パンを半分に割り、そこにソーセージをはさんで食べている。パンからはみ出たソーセージにかじりつくと、ジューシーで深みのある味! 固いパンとの組み合わせも抜群だった。
ひとりの少年が、お父さんに連れられて初めてJリーグの試合観戦にきたとしよう。お父さんが売店で買ってくれたものは、これまでに食べたことのないおいしいものだった。少年は、サッカー観戦を、その食べ物への恋焦がれるような気持ちとともに、楽しい思い出としてずっと抱き続けるだろう。そして必ずこう言うに違いない。
「お父さん、またサッカー見に行こうね」
しかし現実のJリーグスタジアムには、そんな「名物」はない。以前、横浜の三ツ沢球技場で中華街直送の熱い「ちまき」を売っていたことがあったが、新しい横浜国際競技場には受け継がれていない。このワールドカップ決勝会場も、食べ物は寒ざむとしたものだ。
食べ物ひとつでスタジアムへファンを連れ戻すことができるような「名物」を開発すること、そして販売効率を上げ、待たせることなくサービスすることは、これからのスタジアムにとって非常に重要なテーマではないか。
「都市公園法」の規制など難しい問題もあるだろう。しかし努力と工夫次第で、改善できることはいくらでもあるはずだ。そしてそれが、観客に「より豊かなスポーツ観戦」を与えることになる。
「おいしいスタジアム」づくりは、スポーツ観戦の文化づくりにほかならない。
(2001年4月11日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。