サッカーの話をしよう
No.363 手ごわい発展途上国カナダ
5月31日、コンフェデレーションズカップの初戦(新潟)で日本が対戦するカナダは、出場8チーム中唯一、来年のワールドカップの予選敗退が決まっている。昨年9月、トリニダードトバゴ戦の0−4の敗戦で、カナダの「ワールドカップ2002」は終止符が打たれた。
カナダは、昨年2月に行われた北中米カリブ海サッカー連盟の「ゴールドカップ」で優勝し、今回のコンフェデレーションズカップへの出場権を得た。カナダ代表の115年の歴史で得た初めての国際タイトルだった。
準々決勝のメキシコ戦で、カナダは超守備的な試合を見せ、1−1の同点から延長前半2分にMFヘイスティングスが「ゴールデンゴール」を決めて大番狂わせを演じた。
準決勝、決勝のヒーローはGKフォレストだった。決勝戦のPKストップを含む再三のファインセーブでピンチをしのぎ、優勝をもたらした。
率いるのは、かつて浦和レッズをJリーグの「お荷物」的な存在から優勝争いをするまでにしたドイツ人、ホルガー・オジェック監督である。98年9月に就任、難しい状況のなかでよくチームをまとめた。
カナダの最大の問題は、国内に全国リーグがないことだ。もちろんプロではないから、代表選手の大半はヨーロッパに出て、トップリーグだけでなく、ときとして2部、3部でプレーしている。ワールドカップ予選の敗因は、ヨーロッパのクラブ在籍選手が休暇明けでコンディションが整わなかったためといわれる。
しかしこの敗退決定直後、カナダ協会はオジェック監督に2006年までの契約延長を提示、感激したオジェックは即座にサインした。
「カナダでは、アイスホッケーやバスケットボールの人気が高く、サッカーはマイナー競技にすぎない。ゴールドカップで、ある試合が生中継されたのだが、それも前半30分まで。アイスホッケーの中継に切り替えられてしまった」と、オジェックは、サッカーの地位の低さを嘆く。
しかしカナダは、実は、世界でも最も歴史のあるサッカー国のひとつでもある。最初の「フットボール」の記録は1846年。その17年後に統一ルールができて「サッカー」が誕生してからは、東部を中心に盛んに行われた。
最初の国際試合は1885年のアメリカ戦。この試合は、英国とアイルランドを除くと、世界最古の国際試合でもある。1912年には協会が設立され、国際サッカー連盟(FIFA)に加盟した。
サッカーは東部から西部へと広がっていった。しかしラグビー・ルールの競技に切り替えるチームも多く、南米諸国のようにサッカーが熱狂的に愛されることはなかった。
ワールドカップ決勝大会の出場は86年メキシコ大会の1回だけ。フランス、ハンガリー、ソ連を相手に、3戦全敗、得点0、失点5だった。
しかし近年は、少年少女の間で人気が定着し、競技登録人口はアイスホッケーを抜いてナンバーワンスポーツとなった。ユースの強化策も進み、好プレーヤーが続々出てくるようになった。アメリカのように、国内にしっかりとしたプロの全国リーグをつくることが、次の大きな目標だ。
そのためには、オジェック監督率いるカナダ代表が、2006年ワールドカップへの出場権を獲得し、ファンを増やすことが前提となる。
現在のスターはイングランドのウェストハムで活躍する大型GKのフォレストと、同じくイングランドのフルハムでプレーする小柄なFWのペシソリド。固い守りから鋭い速攻を繰り出すカナダは、日本代表にとって、けっして簡単な相手ではない。
(2001年5月16日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。