サッカーの話をしよう
No.364 ブンデスリーガ最終日 筋書きのないドラマ
「サッカーは筋書きのないドラマです」
そう話したのは、英国のエリザベス女王だった。考えぬかれたシナリオもまったく及びもつかないドラマチックな結末を見ると、私はいつもその言葉を思い出す。先週土曜、ドイツのブンデスリーガの最終節が、まさにそうだった。
優勝にいちばん近いバイエルン・ミュンヘンと、2位シャルケ04の間には、勝ち点3の差があった。シャルケがどんな結果になろうとも、バイエルンは負けなければ優勝が決まる。リーグ最終日、バイエルンはアウェーでハンブルガーSVと戦い、シャルケはホームで残留に必死のウンターハヒンクを迎えた。
バイエルンは余裕だった。守備重視の手堅いサッカーで0−0のまま後半44分まで終えた。3年連続のリーグ優勝は彼らの手中にあった。
一方のシャルケは前半27分までに2点を失うという苦戦。6万を超すサポーターに後押しされて前半のうちに同点に追いついたが、後半の半ばには再び1点をリードされた。しかし終盤、爆発的な攻撃力で3点を連取、5−3で勝利を確定しようとしていた。
そのとき突然、スタンドから歓声が上がった。ハンブルガーがなんとバイエルンの堅陣に穴を開けたのだ。後半44分、バルバレズが放ったヘディングシュートは、バイエルンGKカーンをあざ笑うかのようにゴール右隅に飛び、ネットに吸い込まれた。
シャルケのスタジアムでは、試合終了とともにお祭り騒ぎが始まった。ファンはピッチになだれ込み、選手たちと抱き合いながら43年ぶりの「優勝」を祝った。
ハンブルガーのスタジアムでは、バイエルンのサポーターが絶望に打ちひしがれていた。しかしチームはあきらめていなかった。赤いユニホームが次つぎと相手ゴール前になだれ込んでいく。
そのとき、信じがたいことが起こった。バイエルンの攻撃をかろうじて防いだハンブルガーのDFのキックをキャッチしたGKのプレーに、バイエルンの数選手が「バックパスを取ったぞ!」とアピールすると、メルク主審は魅入られるように笛を吹いてしまったのだ。今日ではこのような競り合いからのキックにはほとんど適用されることがない「バックパスルール」だ。
ゴールまでわずか10メートルの間接FK。しかしハンブルガーのゴール前には、ぎっしりと人が立ち並ぶ。こうしたケースが得点につながることは、意外に少ない。
ロスタイムはすでに4分を超えている。最後のチャンスだ。バイエルンはGKカーンまで上がってくる。
主将のエフェンベルクが短くキック。それをスウェーデン代表のアンデションが冷静に低いシュート。ボールはゴール前に立つ相手DFの股間を抜け、ネットに突き刺さった。同点だ。引き分けは、もちろん、バイエルンの優勝を意味していた。
「サッカーには、神はいなかった」。シャルケのアサウアー・マネジャーはうめいた。
バイエルンは、99年のUEFAチャンピオンズリーグ決勝で、終了直前まで1−0とリードしながら、ロスタイムに2点を失って1−2でマンチェスター・ユナイテッドに破れた。世界のサッカー史に残る逆転劇だった。その経験が、選手たちに最後まであきらめないスピリットをもたらしたのだろうか。
今夜(日本時間明日未明)、バイエルンは、2年ぶりのチャンピオンズリーグの決勝を、スペインのバレンシアと戦う。
ドラマ以上のブンデスリーガ最終戦後、冷静さを取り戻したバイエルンのヒッツフェルト監督は、こう語った。
「水曜日の試合に勝つまでは、本当のお祝いはできない」
(2001年5月24日)
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